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「新政〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

新政の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
松江印象記」より 著者:芥川竜之介
ただ微笑をもって許さなければならないと思っている。なぜといえば、天主閣は、明治の新政府に参与した薩長土肥《さっちょうどひ》の足軽《あしがる》輩に理解せらるべく、....
仇討禁止令」より 著者:菊池寛
らく」 「おう、蘆沢の伯父さんですか」新一郎は、なつかしかった。 「高松藩士で、新政府に仕えている者は、非常に少ない。貴公などは、その少ないうちの一人じゃ。大い....
乱世」より 著者:菊池寛
えまいとした。自分の頭がそうした方面へ走るのをできるだけ制止した。王道をもって、新政の要義としている朝廷が、妄りに陪臣の命を取るようなことは、万に一つもないと考....
新日本の進路」より 著者:石原莞爾
立國家として再出發するに當つては、共産黨を斷然壓倒し得るごときイデオロギー中心の新政黨を結成し、正しき統制主義國家として獨立するのでなければ、國内の安定も世界平....
鳥羽伏見の戦」より 著者:菊池寛
廷には二つ議論があった。その一つは、公武合体派で、慶喜の大政奉還の許を嘉賞して、新政府組織についても、慶喜に旧将軍にふさわしい一役を与えようと云うのである。他の....
四条畷の戦」より 著者:菊池寛
中興の眼目なる天皇親政の理想は、実現されたのである。だがそれと同時に、早くも此の新政府の要人連の間に、逆境時代には見られなかった内部的対立が兆していた。つまり武....
近時政論考」より 著者:陸羯南
は寥々たり、けだし中興以来の政府は碩学鴻儒を羅し去りてこれを官海に収め、かれらの新政理を民間に弘むることを忌む。これまた一の原因たらずんばあらず。しからば政論派....
日本脱出記」より 著者:大杉栄
た。したがって、もしその晩会えなければ、しばらくまた会う機会がないのだった。 「新政府の基礎ができたら、ぜひ広東へ遊びに来たまえ。陳烱明は何にも分らないただの軍....
鬼仏洞事件」より 著者:海野十三
風間三千子の功績を褒めてくれたのは、もちろん当然のことであった。 「ああ、これで新政府は、正々堂々たる抗議を○○権益財団に向けて発することができる。いよいよ敵性....
瘠我慢の説」より 著者:石河幹明
やしくも時の事情を知るものの何人も認めざりしところなり。 されば王政維新の後、新政府にては各国公使を大阪に召集し政府|革命の事を告げて各国の承認を求めたるに、....
淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
戸の文化の断片として最も興味に富んでおる。 椿岳及び寒月が淡島と名乗るは維新の新政に方って町人もまた苗字を戸籍に登録した時、屋号の淡島屋が世間に通りがイイとい....
奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
適当なる名分を得んがためで、今一つには京都なる中央政府以外において、別に鎌倉に一新政府を組織するについては、これを将軍出征中の軍政府、すなわち幕府に擬することが....
道鏡皇胤論について」より 著者:喜田貞吉
この事件について最も反対側から憎まるべき筈の習宜阿曾麻呂(註一)が、道鏡失脚後の新政において続々栄転した形跡のある事や、その反対に最も多く賞せらるべき筈の和気清....
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
座主に就かれたが、翌年北条追討のことがおこり、捕えられて讃岐へ移されたが、建武の新政のとき、再び都に帰られ、また天台座主にのぼられた。尊氏の謀叛によって、吉野へ....
融和問題に関する歴史的考察」より 著者:喜田貞吉
請願書を出しました。しかし間もなく幕府瓦解のために、そのままになりましたが、明治新政府に至って、その解放がしばしば識者間の問題となり、明治四年八月二十八日に至っ....