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日午
「日午〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
日午の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「疑惑」より 著者:芥川竜之介
》が、時々白い花を落すのでさえ、明《あきらか》に聞き取れるような静かさだった。毎
日午前だけ講演に行った私は、午後と夜とをこの座敷で、はなはだ泰平に暮す事が出来た....
「河童」より 著者:芥川竜之介
とし。(氏名を略す。)
我ら十七名の会員は心霊協会会長ペック氏とともに九月十七
日午前十時三十分、我らのもっとも信頼するメディアム、ホップ夫人を同伴し、該《がい....
「星座」より 著者:有島武郎
衣嚢《かくし》の中から電報を取りだして、今度はその日附を調べてみた。十一月二十五
日午前九時四十分の発信になっていた。
園は手紙と電報とを机の上に戻しながら始め....
「外科室」より 著者:泉鏡花
貴船《きふね》伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを余儀なくしたり。 その
日午前九時過ぐるころ家を出《い》でて病院に腕車《わんしゃ》を飛ばしつ。直ちに外科....
「耽溺」より 著者:岩野泡鳴
ショナル読本の一と二とを読まして見ることにした。お君さんとその弟の正ちゃんとが毎
日午後時間を定めて習いに来た。正ちゃんは十二歳で、病身だけに、少し薄のろの方であ....
「五色温泉スキー日記」より 著者:板倉勝宣
倒れかたは珍しい。真に活溌なものだ。あらためて穿孔虫の名を献ずることにする。この
日午後に二高の人が六人ばかりきた。明日からまた穿孔虫がますだろう。恐ろしいことだ....
「唄立山心中一曲」より 著者:泉鏡花
方、村上縫子、発信人は尊名、貴姓であります。 コンニチゴゴツク。ヨウイ(今
日午後着く。用意)」 と聞きも済まさず、若い紳士は、斜に衝と開いて、身構えて、....
「取舵」より 著者:泉鏡花
もに送られたる五七人の乗客を載了りて、観音丸は徐々として進行せり。 時に九月二
日午前七時、伏木港を発する観音丸は、乗客の便を謀りて、午後六時までに越後直江津に....
「妖怪報告」より 著者:井上円了
いずれにか宿泊せしならんと、ともに語れり。しかして、その遺骸を発見せしは、三月一
日午後一時ごろなり。しかれども、この難にかかりしは、二十八日の帰路なりしか、はた....
「欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
わちわが金二千百万円を要せりという。 ロシア国教宗の寺院の礼拝式は、たいてい毎
日午前六時より八時、十時より十二時、午後四時より六時までを定めとす。土曜と日曜は....
「西航日録」より 著者:井上円了
窓近く紀南の諸山に接見す。午後、神戸入津。哲学館得業生潮田玄乗氏来訪あり。翌十七
日午前上陸、県知事服部一三君および特別館賓伊藤長次郎氏を訪問す。午後伊藤氏、余を....
「南半球五万哩」より 著者:井上円了
、船中へ来問せらる。繋纜地は電車の集合点にして、八方へ上下往復するの便あり。この
日午後、八木船長とともに郵船代理店および領事館を歴訪す。当日、総領事斎藤幹氏およ....
「大利根の大物釣」より 著者:石井研堂
れば、大|生担、餌入れ岡持など提げ、日暮里停車場より出て立つ。時は、八月の二十八
日午后二時という、炎暑真中の時刻なりし。 前回の出遊には、天気思わしからず、餌....
「戦争史大観」より 著者:石原莞爾
ィ附近の戦闘となり遂にコッリー軍を撃破した。 サルジニアは震駭して屈伏し二十八
日午前二時休戦条約が成立した。 この二週間の間に墺軍に一打撃を与えサルジニア国....
「魯迅さん」より 著者:内山完造
列がつづいた。しかし政府の役人とか自動車で来るような富豪は一人もなかった。二十二
日午後二時殯儀館を出た葬列はおよそ六千人の青年男女が粛々として万国公墓に向った。....