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「日延べ〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

日延べの前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
よ」 「いいえ、うるさかねえ、だんな。事がこういうことになりゃ、やぶいりはあすに日延べしたってかまわねえんだ。本郷の加州家といや加賀百万石のあのお屋敷にちげえね....
阿部一族」より 著者:森鴎外
病にかかって、典医の方剤も功を奏せず、日に増し重くなるばかりなので、江戸へは出発日延べの飛脚が立つ。徳川将軍は名君の誉れの高い三代目の家光で、島原|一揆《いっき....
押絵の奇蹟」より 著者:夢野久作
、阿古屋の似顔が、さながら生き生きとさしうつむいているのでした。それを、瓢楽座で日延べの二の替りを打っておいでになりました貴方のお父様が御覧になりました時、 「....
街頭から見た新東京の裏面」より 著者:杉山萠円
はよく知っているからである。 彼等のうちの或るものは止むを得ずドウゾヤどうぞと日延べを願った。そうしてその日限りが来てもグズグズベッタリをきめ込んだ。催促され....
春の潮」より 著者:伊藤左千夫
対しまた二日間挨拶を待ってくれということが言えるか。明日じゅうに判らぬことが、二日延べたとて判る道理があんめい。そんな人をばかにしたような言を人様にいえるか、い....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
回復しなかった。思いのほかの大荒れで、奥筋の道や橋は損じ、福島の毛付け(馬市)も日延べになったとの通知があるくらいだ。 ちょうど半蔵の父、吉左衛門は尾張藩から....
日本脱出記」より 著者:大杉栄
ということについては今はまだ何にも言えない。ただそこにいる間に、ベルリンの大会が日延べになったことが分ったので、ゆっくりと目的を果たすことができた。そして、その....
四十八人目」より 著者:森田草平
しゃってでしたのに、今ごろお出で遊ばしたのは、ああ分った、お話しのことはまたぞろ日延べになったのでござりましょうね?」 小平太は苦しそうに、ただ「いいや」とば....
随筆 寄席風俗」より 著者:正岡容
げる故人小せん。先の品川の圓蔵のも聴いたし、※たまたま逢うのに東が白む、日の出に日延べがしてみたい――と渋い調子でこう諷う。志ん生も巧い。若いところで甲の強い馬....
我が円朝研究」より 著者:正岡容
目にようやくめざす河合又五郎を斬って棄てめでたく仇討本懐を遂げるとともにようやく日延べつづきの興行の千秋楽を迎えるに至ったというのである。でも一山の場合は毎晩一....
式部小路」より 著者:泉鏡花
も、お夏さんの前途を他所ながら見届けるまでは居坐って動きません。」 「私も退院の日延べをする。そこで、そこで竹永さん、関戸の邸の、もみじの下で、その最中を食べて....
私本太平記」より 著者:吉川英治
兄上から、雨乞い奉行をいいつかっておる者ゆえ、そのつもりでいるがいい」 「では、日延べして、神事はいつから御奉仕しますな?」 「そこは、わからぬ」 「こは、面妖....
私本太平記」より 著者:吉川英治
ここは立って、日女道(姫路市)の府までは行き着きたいと思うたのだが」 「では、お日延べで。いや、何かにつけ、ご辛労でしょうな。――して、出雲への道はやはり、日女....
随筆 新平家」より 著者:吉川英治
とであろうと思う。(三一・一・一) * 先ごろの「新・平家展」は日延べまでしたが、いまだに見損ったことを悔んでいる人も多い。延べ三十万人の参観者....