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「月島〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

月島の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
あらくれ」より 著者:徳田秋声
い遣繰《やりくり》が持切れなくなって来たとき、小野田の計画で到頭そこを引払って、月島の方へ移って行ったのは、その冬の初めであった。 造作を売った二百円|弱《た....
古典風」より 著者:太宰治
、千住の蕎麦《そば》屋に住込みで奉公する事になった。千住に二年つとめて、それから月島のミルクホールに少しいて、さらに上野の米久《よねきゅう》に移り住んだ。ここに....
突貫紀行」より 著者:幸田露伴
亀《がめ》の尾《お》ひきたるごとき者、臥《ふ》したる牛の首あげたるごとき者あり、月島星島|桂島《かつらじま》、踞《きょ》せるがごときが布袋島《ほていじま》なら立....
街頭から見た新東京の裏面」より 著者:杉山萠円
いない事は明らかである。 とうとう当局では堪忍袋の緒を切らして、去る十月中旬、月島のバラックであったかに吏員を派して、片っ端から屋根をメクリ始めた。そのバラッ....
空中墳墓」より 著者:海野十三
其の日は重役との相談が長引いたので、会社の門を出た時は、もう薄暗かった。彼の家は月島にあったので、いつも越中島の淋しい細道を通りぬけて行くのであった。そこは、越....
地中魔」より 著者:海野十三
あまりの不思議に呆然と立ちつくした。そんな筈はない。 その夜更け。ここは東京の月島という埋立地の海岸に、太った男が、水のボトボト滴れる大きな潜水服を両手に抱え....
自叙伝」より 著者:大杉栄
ずに出た。そしてそれ以外の日にもよく遊びに行ったが、ことに下宿を登坂や田中のいた月島に移してからは、ほとんど毎日学校の往復に寄って、雑誌の帯封を書く手伝いなどし....
残されたる江戸」より 著者:柴田流星
ら深川への永代橋が架って以来名物の渡し一つ隅田川にその数を減じたが、代りに新しく月島の渡し、かちどきの渡しなぞふえて、佃にも同じ渡しの行きかうを見るようになった....
」より 著者:寺田寅彦
たように聞いている。その時に使われた鉄管の標本が、まだ保存されているはずである。月島丸が沈没して、その捜索が問題となった時に、中村先生がいろいろの考案をされて、....
東京要塞」より 著者:海野十三
笑いながら、 「お礼には及びませんよ。それに、私は名刺なんか持っていないんです。月島二丁目に住んでいる正木正太という左官なんです」 「ええっ、左官。するとお前さ....
明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
とに英国シーベ会社の兜式潜水器が輸入され、日本でも和製のものが明治五年にはすでに月島の民間会社で製造されていたのである。主としてアワビ採りに用いられていたのだ。....
季節の味」より 著者:佐藤垢石
して肉が張りきっているからである。江戸前の鰻がいい、というのもそこに関係がある。月島周りや台場周りには、荒川の上流から下ってきて、遠い深海へ生殖に行く鰻が、居付....
食堂」より 著者:島崎藤村
われた。あの魚河岸ですら最早東京の真中にはなくて、広瀬さんはじめ池の茶屋の人達が月島の方へ毎朝の魚の買出しに出掛けるとは、お三輪には信じられもしなかった。 閻....
銀座」より 著者:永井荷風
そと》なる植込の間から、水蒸気の多い暖な冬の夜《よ》などは、夜《よる》の水と夜の月島《つきしま》と夜の船の影とが殊更美しく見えるメトロポオル・ホテルの食堂をも忘....
日和下駄」より 著者:永井荷風
くたろう》北原白秋《きたはらはくしゅう》諸家の或時期の詩篇には築地の旧居留地から月島永代橋《つきしまえいたいばし》あたりの生活及びその風景によって感興を発したら....