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本営
「本営〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
本営の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「乱世」より 著者:菊池寛
郎ノ家来ニ托シ歎願ノ趣有之旁々万之助並ニ重臣一同浪花ヨリ分散ノ諸兵ヲ引連レ四日市
本営ヘ罷出御処置|可承トノコト 追テ参上ノ儀ハ二十三日夜五ツ|時期限ニ候其節宗十....
「蠅」より 著者:海野十三
れとも……。 第五話 ロボット蠅 赤軍の陣営では、軍団長イワノウィッチが
本営から帰ってくると、司令部の広間へ、急遽幕僚の参集を命じた。 「実に容易ならぬ....
「海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
災の煙か知れないが、荻窪と中野の方にあがっていたが、まもなく薄れた。 ◯七時の大
本営発表「五十機来襲、十四機撃墜(内不確実五機)、損害を与えたるもの二十七機、わ....
「桶狭間合戦」より 著者:菊池寛
るから正攻の戦では大局既に信長に不利である。 政次、重休、季忠三士の首が今川の
本営に送られた事を善照寺に在って聞いた信長が切歯して直にその本軍をもって今川軍に....
「田原坂合戦」より 著者:菊池寛
た。山県参軍は二十五日に博多に着き、征討総督も川村参軍を従わせられて翌日に御着、
本営を勝立寺に置き給うた。官軍がこの地に
本営を置いた事は、策戦の上でどれ程有利な....
「長篠合戦」より 著者:菊池寛
は竹広村弾正山に、三郎信康(年十七)は草部村松尾大明神鎮座の山に布陣した。これが
本営であって、左翼の先陣は大久保|忠世兄弟、本多忠勝、榊原康政承り、右翼の軍には....
「碧蹄館の戦」より 著者:菊池寛
ある。尤も実際に朝鮮に上陸して戦闘に参加したのは十五万内外の人数であった。秀吉が
本営名護屋に着いた四月の末頃には、既に行長清正相次いで釜山に敵前上陸し、進んで数....
「島原の乱」より 著者:菊池寛
留米、島倉の営へ、榊原|職允を佐賀の陣へ、林勝正を福岡唐津の軍へ、夫々遣わして、
本営との連絡を厳重にした。更に信綱は各陣に指図して、高い井楼を築かしめた。井楼の....
「四条畷の戦」より 著者:菊池寛
は、今や北朝にとっては一大敵国をなして居るわけだ。 正平二年七月、畿内の官軍は
本営を河内東条に移し、菊水の旗の本に近畿の味方を招集し始めた。即ち北畠親房、四条....
「小田原陣」より 著者:菊池寛
々小田原攻撃の本舞台に乗り出した。 小田原包囲 四月五日、秀吉は
本営を箱根から、湯本早雲寺に移した。山の中とはことかわり、溌溂たる陽春の気は野に....
「二、〇〇〇年戦争」より 著者:海野十三
いて、第一岬要塞の附近に陣取って、見えない敵を睨んでいた。 「おい、通信兵。まだ
本営からの命令は来ないか」 すると、中尉の傍についていた通信兵が、背中に負うた....
「鎮西八郎」より 著者:楠山正雄
を引きうけて戦いますにも、夜討ちにまさるものはございません。今夜これからすぐ敵の
本営の高松殿におしよせて、三|方から火をつけて焼き立てた上、向かってくる敵を一|....
「二葉亭余談」より 著者:内田魯庵
沈めたろう。電報は来ているが、海軍省が伏せてるから号外を出せないんだ、」とさも大
本営か海軍省の幕僚でもあるような得意な顔をして、「昨夜はマンジリともしなかった。....
「戦争史大観」より 著者:石原莞爾
ったという事は言えるわけである。 モルトケ時代は既に国軍は数軍に編制せられ、大
本営の統一指揮下にあった。シュリーフェンに依り国軍の大増加と殲滅戦略の大徹底を来....
「新古細句銀座通」より 著者:岸田劉生
工場のあったところ、私の店が勧工場の一部に移ってから、その跡に久しいこと救世軍の
本営があった。英章堂という筆屋も古いが、先だってから締っているのは惜しいことであ....