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本因坊
「本因坊〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
本因坊の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
《ごとう》だよ。この絹糸をようみろい。江戸にかずかず名代はあるが、呉服後藤に碁は
本因坊、五丁町には御所桜と手まりうたにもある呉服後藤だ。ただの呉服屋じゃねえ。江....
「吾輩は猫である」より 著者:夏目漱石
へ這入《はい》ってくる法はない」
「禅坊主の碁にはこんな法はないかも知れないが、
本因坊《ほんいんぼう》の流儀じゃ、あるんだから仕方がないさ」
「しかし死ぬばかり....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
ったのは、たしかに芝居ではない、家康としては、重大なる不覚といわなければならぬ。
本因坊が石田、小西の四五段というところを相手にして、終局の勝ちは袋の物をさぐるよ....
「ヤミ論語」より 著者:坂口安吾
の活躍で大衆の注目をあつめていたが、目下はサンタンたるもの。それも当然のことで、
本因坊戦などという一家名を争うなどとは滑稽奇怪というほかはない。家名が意味を失っ....
「本困坊・呉清源十番碁観戦記」より 著者:坂口安吾
であった。翌日の対局開始が、朝九時、早いからである。 僕が第一着、六時五分也。
本因坊、六時五十分。さて、あとなる、呉氏が大変である。 ジコーサマの一行が呉氏....
「呉清源」より 著者:坂口安吾
にも、すさまじい気魄にみちたものであった。 二度目に会ったのも、読売の主催で、
本因坊呉清源十番碁の第一局、私は観戦記を書いた。 対局場は小石川のさる旅館だが....
「碁にも名人戦つくれ」より 著者:坂口安吾
十何年前のことだが
本因坊|秀哉名人と呉清源(当時五段ぐらいだったと思う)が争碁を打ったころは碁の人....
「戦後新人論」より 著者:坂口安吾
族の気位の如きものを持している。秘宝を公開しない法隆寺と同じようなバカらしさで、
本因坊戦などゝいう一家名の争いを最上の行事として、実力第一の名人戦をひらいて、全....
「巷談師」より 著者:坂口安吾
。だから、よろず勝負ごと、顧客のもとめに応じて好みのものを観戦する。将棋名人戦、
本因坊戦、スポーツ万端、よろず、やる。 私は将棋の駒の動き方を知ってるだけだ。....
「明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
甚八といえば江戸|名題の賭碁のアンチャン。本職は大工だが、碁石を握ると素人無敵、
本因坊にも二目なら絶対、先なら打ち分けぐらいでしょうなとウヌボレのいたって強い男....
「九段」より 著者:坂口安吾
い結果になった。 私が「もみぢ」を知ったのは、足かけ四年前になる。呉清源と岩本
本因坊の十番碁が読売新聞の主催で行われることになり、その第一回戦がこの旅館でひら....
「明日は天気になれ」より 著者:坂口安吾
した中で、一ツだけ二度と見ることができそうもない珍勝負があった。 呉清源と岩本
本因坊との十番碁の第一局であるが、当時、呉清源をめぐってモロモロの十番碁が行われ....
「妖怪学」より 著者:井上円了
われたるが、特に芸人社会には、現今にても行わるることなり。例えば、囲碁社会にては
本因坊は代々「秀」の字を襲い、画人狩野家にては「信」の字を命ずるがごとし。これ、....