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「松平信綱〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

松平信綱の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
あの」は、伊豆守の浪人取り締まり政策を利用しようというのでした。ご存じのごとく、松平信綱という人は、ほとんどその半生を浪人の弾圧取り締まりに費やした秘密政治家の....
島原の乱」より 著者:菊池寛
乱の急を、大阪城代が報じたのは寛永十四年十一月十日の事である。大老酒井忠勝、老中松平信綱、阿部忠秋、土井利勝等の重臣、将軍家光の御前で評定して、会津侯保科|正之....
法窓夜話」より 著者:穂積陳重
かくて、後年に至って薩摩煙草はかえって天下の名産たるに至ったのである。 一九松平信綱の象刑《しょうけい》 支那《シナ》においては、古代絵画に依って刑法を公....
獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
てみると明治興隆期(四十年ころ)のようなもので、実に卓出した人材が多かったのね。松平信綱なんか大した智慧者のように教わっていましたが、人物としてはもっと上品《じ....
正雪の遺書」より 著者:国枝史郎
になられた時には、いよいよ驚いてしまいました。 「今日は公の会見ではのうて、平の松平信綱と正雪殿との懇談じゃと、斯様思召し下されい……さてそこでご貴殿のご器量と....
鳴門秘帖」より 著者:吉川英治
知る松平左京之介輝高の紋だ。 輝高は、かの寛永年間に腕の冴えをみせた智慧伊豆、松平信綱の孫にあたる人物である。智慧伊豆の名声に圧せられて、その孫の左京之介輝高....
随筆 宮本武蔵」より 著者:吉川英治
って遠征した。しかし思いのほか、切支丹軍の勢力は強大だったため、幕府は、さらに、松平信綱や戸田氏鉄などを、首将に任命して西下させたが、その間に、板倉重昌の戦死す....