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「橋守〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

橋守の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
旅の旅の旅」より 著者:正岡子規
がん》屹立《きつりつ》し玉筍《ぎょくしゅん》地を劈《つんざ》きて出ずるの勢あり。橋守に問えば水晶巌なりと答う。 水晶のいはほに蔦の錦かな 南条より横には....
私本太平記」より 著者:吉川英治
いる。が、正しくは、北条殿といわねばならぬ。執権北条氏の一族なのだ。 当主、赤橋守時はまだ若い。 その父、前の六波羅の探題|北条久時は、もう世になかった。―....
私本太平記」より 著者:吉川英治
貞氏や清子とも、今朝は水入らずの朝餉を共にし、若い夫妻は、やがて輿をつらねて、赤橋守時の邸を、訪問した。 いわゆる五日目の“里帰り”であった。 登子は、良人....
私本太平記」より 著者:吉川英治
のころ。 高時はいちど、執権職を退いて、職は金沢貞顕にゆずり、またまもなく、赤橋守時に代っていたはずだった。 そのころの高時は、世に“うつつなき人”といわれ....
私本太平記」より 著者:吉川英治
は誰の顔にも遠くになっていたのである。 「おねがいする」 高氏はここでまた、赤橋守時へ心からな頭を下げた。そして留守役の紀ノ五左衛門へも、 「たのむぞ」 と....
私本太平記」より 著者:吉川英治
、二軒の館が、幕府の兵にかこまれたのを、彼らは目で見た。 一つは、鶴ヶ岡下の赤橋守時の邸であった。高氏の妻、登子が預けられていた実家である。 が、登子は、姿....
私本太平記」より 著者:吉川英治
、特に大きく、彼らの意識にのぼって来た。 なぜならば。 英時は、北条一族の赤橋守時の実弟だった。 その守時は、いうまでもなく、尊氏の妻、登子の兄でもある。....