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「津軽半島〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

津軽半島の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
」より 著者:太宰治
は、ほとんど家の中にばかりいて、旅行らしい旅行は、いちども、しなかった。いちど、津軽半島の日本海側の、或《あ》る港町に遊びに行ったが、それとて、私の疎開していた....
春の枯葉」より 著者:太宰治
同居す、二十八歳。 菊代 義雄の妹、二十三歳。 その他 学童数名。 所。津軽半島、海岸の僻村。 時。 昭和二十一年、四月。 第一場 舞台は、....
新樹の言葉」より 著者:太宰治
よくわからない。母のからだが、弱かったからであろうか。乳母の名は、つるといった。津軽半島の漁村の出である。未だ若い様であった。夫と子供に相ついで死にわかれ、ひと....
或る農学生の日誌」より 著者:宮沢賢治
うたっている。けむりの影《かげ》は波《なみ》にうつって黒い鏡《かがみ》のようだ。津軽半島の方はまるで学校にある広重《ひろしげ》の絵のようだ。山の谷がみんな海まで....
飢餓地帯を歩く」より 著者:下村千秋
はこれ以上を訊くことは出来なくなってしまった。 この、娘を売る哀話は、青森県の津軽半島へ入ってから実際に聞きもし見もし、私は、その売られた娘とも会って話したの....
望郷」より 著者:服部之総
と、太平洋岸の内地からは下北半島の突端大畑港と佐井港から函館へ、日本海岸の航路は津軽半島の北端ミウマヤ港から松前(福山)に達する。そのとき内地と蝦夷を結ぶメイン....
」より 著者:吉川英治
てからは、まったく行詰っていた。 領土の面積からすれば、佐竹と南部の国境以北、津軽半島だけの広さでも尨大なものだったが、半島の背ぼねには陸奥山脈が横になり、西....