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漁民
「漁民〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
漁民の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
場合には、対岸の牡鹿半島にむかって合図の鐘を撞くと、半島の南端、鮎川村の忠実なる
漁民は、いかなる暴風雨の日でも約二十八丁の山雉の渡しを乗っ切って、必ず救助の船を....
「日本人の自然観」より 著者:寺田寅彦
った。こういう人ばかりであったら農業は成立しない。 津々浦々に海の幸をすなどる
漁民や港から港を追う水夫船頭らもまた季節ことに日々の天候に対して敏感な観察者であ....
「漁村の婦人の生活」より 著者:宮本百合子
たけ婦人にさせること、日常生活の合理化を教え、衛生、育児の知識を授けること、女子
漁民道場をこしらえて漁村婦女の先駆者たらしめることなどの案が示されている。そのど....
「海神別荘」より 著者:泉鏡花
可、その金銀を散らし、施し、棄て、蔵を毀ち、家を焼いて、もとの破蓑一領、網一具の
漁民となって、娘の命乞をすれば可かった。 美女 それでも、約束の女を寄越せと、海....
「大衆闘争についてのノート」より 著者:宮本百合子
者の即時釈放、家族の生活保証」のスローガンで、隣村との共同闘争、全農全会の拡大。
漁民の組織化のために。 革命的大衆団体は神奈川地方団協、全協地区委員会は湘南小....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
を殺せば殺すほど、侍としては勇者であり、国としては名誉である。そこで、この浦辺の
漁民たちまでが、その気になっているのか。それでも、あたしには、それがわからないの....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
た、湖水が干上るために、己《おの》が生活権が脅威せらるるという湖上の運輸業者と、
漁民が動揺をはじめたのです。ところで、これより以前、検地の不平のために団体運動を....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
のではない、官辺は上に述べたる如き諒解《りょうかい》がある。 さらばこの附近の
漁民たちが、営業の妨害を廉《かど》に、故障を持ち出しでもしたのか。そうでもない。....
「学生と先哲」より 著者:倉田百三
。 彼の父母は元は由緒ある武士だったのが、北条氏のため房州に謫せられ、落魄して
漁民となったのだといわれているが、彼自身は「片海の石中の賤民が子」とか、「片海の....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
た。 鐘の音は花の雲の間から聞えて山にひびいた。門前にならぶ店々。麗衣の人や、
漁民の群れ、近郷の農夫たちのおびただしい雑沓。その間を縫うて御詠歌講中の行列。 ....
「植物一日一題」より 著者:牧野富太郎
になる。私は大正十二年(1923)八月にこれを備後三原町南方の在で得たが、当時一
漁民の家の庭に一叢の南天が繁っていて、その叢中にこの一本の巨幹が交っていた。そこ....
「磯部の若葉」より 著者:岡本綺堂
は大きな芭蕉の葉のかげへ隠れて行った。 自己の功名の犠牲として、罪のない藤戸の
漁民を惨殺した佐々木盛綱は、忠勇なる鎌倉武士の一人として歴史家に讃美されている。....
「憑き物系統に関する民族的研究」より 著者:喜田貞吉
と呼ばれていた事は、かの鬼が島の童話や、能登の鬼の寝屋の話や、今も出雲の北海岸の
漁民を俗に夜叉と呼んでいることからでも察せられ、今も僻地の住民の中には、一村こぞ....
「撥陵遠征隊」より 著者:服部之総
って報告した者で、実はフェロン一行を朝鮮から救い出した数名の朝鮮人信者団である。
漁民だったと伝えられている。で、そのプランというのは―― 迷信深い摂政(大院君....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
かった。 この以外に事実浮浪的生活をなしている漁夫狩人の徒ももちろん多かった。
漁民の中には、近い頃までなお漂泊的の習慣を存し、他から特殊的待遇を受けていたもの....