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「潰乱〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

潰乱の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
石狩川」より 著者:本庄陸男
ぬ。その上に、山もまた一時に春になっていた。そこからもおし流れて来る。この忙しい潰乱《かいらん》を、川はことごとく収容し兼ねた。しかし、川よりほかに逃げ場所を持....
秋風記」より 著者:太宰治
、みなに一枚一枚くばって歩いた。――事変以来八十九日目。上海包囲全く成る。敵軍|潰乱全線に総退却。 Kは号外をちらと見て、 「あなたは?」 「丙種。」 「私は....
三国志」より 著者:吉川英治
精兵をさずけ、徐州の境へ馳せ向かわした。 呂布の麾下、高順の陣は、突破をうけて潰乱した。 「なに。曹操の先手が、はや着いたとか」 呂布は狼狽した。もう曹操と....
三国志」より 著者:吉川英治
小帯をつかみ、 「じたばたするな」 と、ばかり軽々小脇に引っ抱えて馳けだした。潰乱する王忠軍を蹴ちらして、馬百匹、武器二十駄を分捕って、関羽の手勢はあざやかに....
三国志」より 著者:吉川英治
の夏侯惇、曹洪の両大将は、急に、軍を転回するいとまもなく、さんざんに討ちなされて潰乱また潰乱の惨を呈した。 「いまぞ追いくずせ」 袁紹は、勝った。まさにこの日....
三国志」より 著者:吉川英治
あたって、馬のいななきや兵のさけびの、もの騒がしゅう聞えたときは、すなわち曹軍の潰乱なりと思うがよい。上流にある関羽の手勢は、ただちに土嚢の堰を切って落し、一斉....
三国志」より 著者:吉川英治
、糜芳、劉封の三名を呼び、 「ご辺三人は、船をあつめて、江岸をめぐって、魏軍営、潰乱に陥ちたと見たら、軍需兵糧の品々を、悉皆、船に移して奪いきたれ。また諸所の道....
三国志」より 著者:吉川英治
時に、南北の山すそに埋伏しておいた城兵も、鵬翼を作って、寄手を大きく抱えてきた。潰乱、惨滅、玄徳軍は討たれ討たれ後へ退く。 「時は、今ぞ」 張任は、ついに陣前....
三国志」より 著者:吉川英治
て、蜀の馬超に撃退されている模様だし、南蛮勢は、益州南方で蜀軍の擬兵の計に遭って潰乱し、上庸の孟達はうそかほんとか病と称して動かず、中軍曹真もまた敵の趙雲に要害....
三国志」より 著者:吉川英治
すものあり、さらに、魏の本陣へ戻って見れば、ここも関興、張苞の奇襲に遭って、総軍潰乱を来しているという有様である。何にしても、この序戦は、惨澹たる魏の敗北に始ま....
私本太平記」より 著者:吉川英治
てさえ、山門勢の鋭鋒に押しまくられていた六波羅方は、唐崎の陣をすてて、みぎたなく潰乱しだした。 しかも、街道では四|分五|裂にたたかれ、深田や林へ追いこまれた....
私本太平記」より 著者:吉川英治
ら武者市の観を呈し、正季らも、それらの降人を受け容れる忙しさに手いッぱいで、遠く潰乱しつづけてゆく敵へ、俄に追い迫って行くひまもないほどだった。 葛城、金剛、....
私本太平記」より 著者:吉川英治
烏山一族にもある。 義貞は、それらの乱波隊にも、むねをふくめて、ぞくぞく、敵の潰乱状態のうちへ味方の第五列を送りこんだ。 宵はすでに暗かったし、三井寺衆徒の....
私本太平記」より 著者:吉川英治
またひとたまりもなく、元の道へ、押し返されて来たのだった。 「すわ」 となった潰乱の兵には、見得もなかった。 三石、船坂の要害から敗走しつづけてきた兵は、 ....
戦争史大観」より 著者:石原莞爾
の猛烈果敢なる攻撃と適切なる砲火の集中により全く対応の処置を失い、たちまちにして潰乱するに到った。 本戦闘は午後一時より四時過ぎまで継続せられたがオーストリア軍....