焼け野原[語句情報] » 焼け野原

「焼け野原〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

焼け野原の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
街頭から見た新東京の裏面」より 著者:杉山萠円
いうのは彼等の「かお」が利かなくなった事である。利くにも利かぬにも、町は茫々たる焼け野原となり、どっちを見ても見ず知らずの赤の他人となって、泣いてもわめいても追....
海底都市」より 著者:海野十三
《ろうばい》におちいらないわけにいかなかった。辻ヶ谷君なる学友は、今もあの東京の焼け野原に、時間器械をまもって計器を読んでいることとばかり思っていたのに、こうし....
棺桶の花嫁」より 著者:海野十三
のこと。場所は、東京の真中新橋の上にちがいないのであるが、満目ただ荒涼たる一面の焼け野原で、わずかに橋があって「しんばし」の文字が読めるから、これが銀座の入口で....
出家物語」より 著者:坂口安吾
を買う算段もつかなくなった。 戦争になったら、さぞ困るだろうと思っていたのに、焼け野原がひろがるほど、もうかる。物価が上るほど、もうかる。終戦直後の半年ぐらい....
天皇陛下にさゝぐる言葉」より 著者:坂口安吾
方は、充分諷刺に値して、尚あまりあるものだと思っている。 戦争中、我々の東京は焼け野原となった。その工場を、住宅を、たてる資材も労力もないというときに、明治神....
帝銀事件を論ず」より 著者:坂口安吾
な作業のような有様であった。 事実、あのころは、それで良かったのであろう。あの焼け野原の東京の物資の欠乏は今どころじゃない。靴も、時計も、帽子も、あのころは金....
二合五勺に関する愛国的考察」より 著者:坂口安吾
も宿命の子供で、ほんとうの自我ではないらしい。それは当然の話で、われわれの周囲は焼け野原であり、交通機関はヨタヨタし、要するに、バクダンはなくなったが、まだわれ....
インテリの感傷」より 著者:坂口安吾
敗戦国日本というものが、稀有なほど快速な復興途上にあることが分る筈のものである。焼け野原の敗戦国、この惨たる現実から発足している難作業に、最大の妨害をなしている....
日月様」より 著者:坂口安吾
ンなくバラまかれるのだから疎開道路などは一文の値打もないのである。後日完全無欠の焼け野原となり、もうけたのは町会長とか、そういう連中で、疎開でねじ倒した材木だけ....
釣り師の心境」より 著者:坂口安吾
あったが、私は焼野原をテクテク歩いて、羽田の飛行場の海へ、潮干狩りに行った。四面焼け野原となって後は、配給も殆どなく、カボチャや豆などを食わされ、さすがに悲鳴を....
安吾巷談」より 著者:坂口安吾
敗戦後は、表側へ露出してきただけなのである。 しかし、日本の主要都市があらかた焼け野原となって、復興の資材もない敗戦後の今日、裏側と表側が一しょくたに同居して....
街はふるさと」より 著者:坂口安吾
しない。 自分の住む隣の町内がやられて三日もたつと、一年前から、隣り町はそんな焼け野原であったような気持になるのであった。 駅前の繁華な商店街を、疎開で叩き....
明日は天気になれ」より 著者:坂口安吾
焼夷弾の大空襲は三月十日からはじまり、ちょうど桜の満開のころが、東京がバタバタと焼け野原になって行く最中であった。 私の住んでるあたりではちょうど桜の咲いてる....
雷門以北」より 著者:久保田万太郎
いることであろう。第二に僕の思い出すのは池のまわりの見世物小屋である。これは悉く焼け野原になった。第三にみえる浅草はつつましい下町の一部である。花川戸、山谷、駒....