» 焼討

「焼討〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

焼討の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
天主閣の音」より 著者:国枝史郎
が、只の水じゃァねえ。火となって燃える大変な水だあの赤壁の戦で、魏の曹操の水軍を焼討ちにしたのも、此機械だ! さあ切るなら切るがいい。切られた途端に捩を捻る。一....
別れたる妻に送る手紙」より 著者:近松秋江
ない。……宇都宮が本当さ!」 「何時東京に出て来たの?」 「丁度、あれは日比谷で焼討のあった時であったから、私は十五の時だ。下谷に親類があって、其処に来ている頃....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
ろがおかしいのさ。昨夜なんぞはお前さん、拙者が通り合せなくてごろうじろ、たしかに焼討ちだね。あのなかにはお前、日本で無双の砲術の名人が隠れていたんだぜ、それがお....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
でもめざされているし、いつきりこみがあるかわからない、というものもあるし、早晩、焼討ちになるだろう、と沙汰《さた》をするものもあるくらいですから、お松はそれが気....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
というものもある。 さてまた一方には、相州|荻野山中《おぎのやまなか》の陣屋を焼討して、そこに蓄えられた武器と、軍用金を奪い取るは、朝飯前だと豪語する者もある....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
、それは、この小田原の出城《でじろ》の一つで、荻野山中《おぎのやまなか》の陣屋を焼討ちした悪者が、この城下へまぎれ込んだものだから、それをつかまえるためにあの騒....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
なり自分としての財産を残して来たはずだが、あれはどうなったろう、まさか暴民どもに焼討ち、掠奪の憂目を蒙《こうむ》ったとも思われないが、いや、蒙ったにしたところで....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
している」 「え、火放《ひつ》けが来ているのか」 「そうだ、だから、今晩あたり、焼討ちがないとはいわれない」 「焼討ちがかい」 「うむ、火事があるかも知れない。....
志士と経済」より 著者:服部之総
たものだが、甚深な興味がある。 まず、水戸家志士が井伊を討った上ただちに横浜の焼討をするという密策――これは江戸でできた水薩密約覚書中にある――の後半部すなわ....
三国志」より 著者:吉川英治
」 曹操は彼の言を聞いて、暗夜に光を見たような歓びを現した。 「そうだ、烏巣を焼討ちすれば袁紹の軍は、七日と持つまい」 彼は直ちに、準備にかかった。 まず....
三国志」より 著者:吉川英治
せておけ」 そして工事が八、九分ぐらいまでできたかと見えたところで、 「それ、焼討ちにかかれ」と、河の南北からわたって、焔硝、枯れ柴、油弾などを仮城へ投げかけ....
私本太平記」より 著者:吉川英治
さらにその数を挙げて加勢に出て来た。ために大乱闘となり、はては妙法院御所へ無謀な焼討ちを仕かけてしまった。 ――累代門跡ノ重宝モ、コノ夜、一|灰燼ニ帰シタリ、....
随筆 新平家」より 著者:吉川英治
いねいに、ひややかに、彼の死を観てゆこうとおもう。 清盛の死ぬ直前、そして南都焼討以後の、平家事情は、内外じつに複雑だ。複雑怪奇そのものだ。東国をはじめ、木曾....