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用船
「用船〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
用船の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「船医の立場」より 著者:菊池寛
その場合になると、船頭|連《れん》は皆しりごみした。薪水《しんすい》を積み込む御
用船に乗り込んで、黒船に近づこうとしたけれども、それも毎船|与力《よりき》が乗り....
「地球発狂事件」より 著者:海野十三
と始めて気がついた者もあった。 この掃海船サンキス号こそ、ワーナー博士調査団の
用船だった。 ジム・ホーテンス記者は、ドレゴと水戸とを伴って乗船した。そして前....
「自叙伝」より 著者:大杉栄
という町に引越した。斎藤という洋服屋の裏の小さな家だった。そして父がまだ宇品で御
用船の出帆を待っている間に、母に男の子が生れた。父から「イサムトナヲツケヨ」と電....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
最初から従軍新聞記者と名乗って渡航したのでした。 これらの従軍記者は宇品から御
用船に乗り込んで、朝鮮の釜山または仁川に送られたのですが、前にもいう通り、何分に....
「武装せる市街」より 著者:黒島伝治
、暫くあわずにいた。その間の行程を、おたがいに話しあった。 彼等は、門司から御
用船に乗る際、同様にビラを拾っていた。それを胸のポケットへ、畳んで、お守りのよう....
「大震火災記」より 著者:鈴木三重吉
ち早く東洋艦隊を急派して、医療具、薬品等を横浜へはこんで来ました。なお数せきの御
用船で食糧や、何千人を入れ得るテント病院を寄そう金を得るために花を売り出したとこ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
ト》の大船が横たわっていることであります。その当時の漁船や、番船や、また幕府の御
用船なども、その大きな黒船の前では、巨人の周囲を取巻く小児のようにしか見えません....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
五 これより先、海鹿島《あじかじま》から伊勢路の浦へ、上陸した御
用船の一行がありました。 これも役人は役人だが、ただの役人ではない。軽装して、....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
ん》打った船印が立てられてあることによって、浦の民が安心しました。 御領主の御
用船とあってみれば、文句はないのですが、駒井がそうして無断に仙台家の船印を濫用し....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
考えてきた時、はっとした。斉彬の世になったなら?
(未だ仕事が残っている。琉球方
用船の新造、火薬の貯蓄、台場の築造、道路、河川の修繕――)
斉彬は、年が若い。....
「藤九郎の島」より 著者:久生十蘭
た。七月上旬、青ヶ島に着き、そこから八丈島に送られ、流人御免《るにんごめん》の御
用船に乗せられて、九月上旬、命|恙《つつがな》く江戸の土を踏んだ。....
「顎十郎捕物帳」より 著者:久生十蘭
かけられ、不意をくらって、四人の役人は船頭もろとも、もろに川なかへ投げだされ、御
用船のほうは上り下りの荷足《にたり》の狭間《はざま》へはさまって退《の》くも引く....
「顎十郎捕物帳」より 著者:久生十蘭
、奇妙なことが始まっていた。 船極印《ふなごくいん》を調べると、まぎれもない御
用船《ごようぶね》。 安政三年|相州三浦三崎《そうしゅうみうらみさき》で船大工....
「『七面鳥』と『忘れ褌』」より 著者:佐藤垢石
め、次に鳳輦を彦根城に遷し奉る計画であって、既に城を修繕し、領内湖浜の村々へは御
用船数十艘を命じ、かつ領内米原において大屋根船一艘の製造に着手している―― な....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
大鳥公使の談判から原田重吉の平壌玄武門先登を脚色したもので、団十郎は大鳥公使と御
用船の水夫と原田重吉の父との三役に扮し、菊五郎は原田重吉に扮したが、初めから仕舞....