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「病間〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

病間の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
黒衣聖母」より 著者:芥川竜之介
たのを見て、自分も連夜の看病疲れをしばらく休める心算《つもり》だったのでしょう。病間《びょうま》の隣へ床《とこ》をとらせて、珍らしくそこへ横になりました。 そ....
真景累ヶ淵」より 著者:三遊亭円朝
われるから己《おれ》が側へ来い、さア此方《こっち》へ来い、/\」 と手を引いて病間《びょうま》へ参ります。三藏も是は一通りの病気ではないと思いますから。 三....
みみずのたはこと」より 著者:徳冨健次郎
は此春の四月十六日であった。梁川君の名は久しく耳にして居た。其「見神の実験」及び病間録に収められた他の諸名篇を、彼は雑誌新人の紙上に愛読し、教えらるゝことが多か....
雪之丞変化」より 著者:三上於菟吉
い間を盗んで、折角お顔出しをいたしたいと申すのでござりますゆえ、お声がかりで、お病間まで、招き入れてやりましたら、どのようによろこぶかわかりますまいと存じますが....
丹下左膳」より 著者:林不忘
破《わ》れ鐘《がね》のような声で叫んだ。 恋《こい》不知火《しらぬい》 一病間にあてた書院である。やがてそこが、司馬先生の臨終の室となろうとしているのだっ....
後の業平文治」より 著者:三遊亭円朝
町が泣声にて、 町「旦那様ア、お早く/\」 文「なに、お母様が息を…」 と病間に駈戻り、 文「お母様、お母様、ほい、もういかんか」 町「お母様ア、お母....
古木」より 著者:豊島与志雄
鉤の手に建てられた家屋の、一番奥の室から、廊下を距てて、床高に作られた書院が、病間でありました。 気分がよく天気もよい時、柴田巳之助は、障子を開け放させ、縁....
南国太平記」より 著者:直木三十五
如き女を――」 と、すすめて、そして、七瀬が、選まれることになったのであった。病間夜詰と、きまった時、仙波八郎太は 「寛之助様は御世継ぎじゃで、もしものことが....
青春の息の痕」より 著者:倉田百三
ます。死んだ梁川のひとりの友だちで梁川はこの人の小著「天華香録」を読んで自分の「病間録」を焚いてしまいたくなったと恥じたそうです。「この人ほど人生の深い悲哀を知....
粟田口霑笛竹(澤紫ゆかりの咲分)」より 著者:三遊亭円朝
まし、花魁正孝はんが来たの、そこへ這入んなましよ」 というので、通って見ると、病間は入側附きの八畳の広間で、花月床に成って居ります。前に褥を取り、桐の胴丸|形....
三国志」より 著者:吉川英治
いで華陀を洛陽へ招きよせた。 華陀は到着すると、その日のうちに登殿して、曹操の病間へ伺候した。そして慎重に眼瞼や脈をしらべて、 「これは風息の病にちがいござい....
私本太平記」より 著者:吉川英治
いは、まだ沁々とはしていなかった。 ――が、その朝、正装をすますと、高氏は父の病間へ、両手をついた。 「父上、今朝は御気ぶんは如何ですか。これより行ってまいり....
私本太平記」より 著者:吉川英治
手伝いの家職まで来て、式日万端の打合せに額をあつめている様子だった。 父貞氏の病間には、ちょうど憲房も来合せていて、高氏を見ると、すぐ告げた。 「祝言の前に国....
私本太平記」より 著者:吉川英治
ぶお長い御病気、どんなか、よう見舞うてこいとの御諚でおざる。さしつかえなくば、ご病間でもいい、親しゅうお顔を拝したいが」 「あいや」 家臣たちの狼狽気味はあり....
大岡越前」より 著者:吉川英治
は、白一色の死装束であった。自らも清々しく、他の見る眼にも清潔であった。 妻の病間に来た。お縫は、うす化粧して、床の外に坐り、園子を抱いていた。 「お送りさせ....