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発布
「発布〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
発布の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「後世への最大遺物」より 著者:内村鑑三
が起りませぬならば、彼らはいくら起っても国の益になりませぬ。ただただわずかに憲法
発布式のときに貧乏人に一万円……一人に五十銭か六十銭くらいの頭割をなしたというよ....
「仇討禁止令」より 著者:菊池寛
。それは少しお心得違いではないだろうか。今、封建の制が廃れ、士族の廃刀令も近々御
発布になろうという御時世になって、剣術の稽古をして、なんとなされるのじゃ。それよ....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
たしにも正確の記憶がないが、明治二十年、東京の湯屋に対して種々のむずかしい規則が
発布されてから、おそらくそれと同時に禁止されたのであろう。わたしの子供のときには....
「近時政論考」より 著者:陸羯南
して旧『東京電報』の紙上に掲げたるものあり。またその後「日本憲法論」と題し一昨年
発布の新憲法に鄙見を加え、わが『日本』に掲げたるものあり。本篇は実にこれらの不足....
「父」より 著者:金子ふみ子
て巨人のごとく歩み出した。一歩は優に半世紀を飛び越えた。 明治の初年、教育令が
発布されてから、いかなる草深い田舎にも小学校は建てられ、人の子はすべて、精神的に....
「夢は呼び交す」より 著者:蒲原有明
である。世間もそれと同時にめまぐるしく変っていった。二十二年、二十三年には憲法が
発布され、議会が開設される。万事が改まって新しく明るくはなったが、また騒がしくも....
「兜」より 著者:岡本綺堂
ときには、かならずかの親子の小さい墓へも香花をそなえるのを例としていた。 憲法
発布の明治二十二年には、勘次郎ももう四十四歳になっていた。その当時かれは築地に住....
「明治哲学界の回顧」より 著者:井上哲次郎
またけっして少なくなかったのである。憲法は明治二十三年二月十一日の紀元節をもって
発布され、立憲政体もいよいよここに確立され、その翌年、帝国議会も開催され、多年に....
「ハイカラ考」より 著者:木村荘八
たのが明治二十年四月で、それから二年経つと、明治二十二年二月十一日を期して憲法が
発布された。 その朝のことだった。雪が降っていたが――この雪はやがて晴れて、道....
「四十年前」より 著者:内田魯庵
ならんとする如き混乱に陥った。 機一発、伊公の著名なる保安条例が青天霹靂の如く
発布された。危険と目指れた数十名の志士論客は三日の間に帝都を去るべく厳命された。....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
論自分の身に一番近い者が出て来て相続することになって居るので、別にそういう法律が
発布されて居る訳でもありませんけれども、習慣が自然の法律になって居りまして誰もそ....
「欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
行するに至る。今、ロンドントリビュナー書肆のみにて発行せるものを挙ぐるに(一昨年
発布せる書目表による)、 日本の言語・文学に関するもの ....
「特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ」より 著者:喜田貞吉
と結婚することが出来なかった事も見えております。この後文武天皇の御代に大宝令が御
発布になり、その扱い振りの詳細なことが規定されております。しからばその賤民とはど....
「牛捨場馬捨場」より 著者:喜田貞吉
銭五貫二百文で或る捨場の権利を売得した後僅かに四ヶ月、同年八月にエタ非人解放令が
発布せられたが為に、新たに平民に列せられた代りにこれらの一切の権利はことごとく失....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
りは年とともに次第に厳重になった。ことに安永七年に至って、非常に厳重なる取締法が
発布せられて、エタ、非人と百姓、町人との間に、判然たる区別を立てた。エタ、非人は....