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「神護景雲〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

神護景雲の前後の文節・文章を表示しています。該当する5件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
ていなかったし、題詞の「緜」という文字は唐でも真綿の事であり、また、続日本紀に「神護景雲三年三月乙未、始毎年、運之は、在庫の絹を以て代らした意である。また支那で....
間人考」より 著者:喜田貞吉
歌というのがあるが、その老すなわちこの中臣間人連老のことであろう。この外続日本紀神護景雲元年三月には、近衛将曹従六位下勲六等|間人直足人という名も見えて、直姓の....
特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ」より 著者:喜田貞吉
でありますから、こういう浮浪民は昔はことに多かったに違いありません。奈良朝の頃|神護景雲三年に、浮宕の百姓二千五百余人を陸奥国伊治城に置くとか、平安朝の初め延暦....
賤民概説」より 著者:喜田貞吉
道を求めんとするものは、必ずその長に運上を納めなければならなかったのだ。同書に、神護景雲三年に京の或る優婆塞が、修行して加賀に托鉢していたところが、その処の浮浪....
俗法師考」より 著者:喜田貞吉
世間から馬鹿にされた場合の多かったことを示しているものだと言わねばならぬ。ことに神護景雲三年という年に、京の優婆塞が遍歴して越前の加賀郡(後の加賀国)に修行した....