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立憲
「立憲〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
立憲の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「惜みなく愛は奪う」より 著者:有島武郎
人合一という概念だけは自然の必要から建て上げられた。それは政治に於て、専制政体が
立憲政体に変更されたのとよく似ている。その形に於ては或る改造が成就されたように見....
「近時政論考」より 著者:陸羯南
、世間政論を業とする者これに類すること多し。 帝国議会の選挙すでに終りを告ぐ、
立憲政体は一、二月を出でずして実施せられん、世人の言うがごとく今日は実に明治時代....
「惜別」より 著者:太宰治
那は永遠に真の独立国家としての栄誉を、確立する事が出来ない。打清興漢であろうと、
立憲であろうとも、ただ政治の看板を換えただけで、品物の生地が元のままでは、仕方が....
「文士としての兆民先生」より 著者:幸徳秋水
せば如何。皇室と内閣と別物たらしむるに在るのみ。 の如きである。東雲新聞、政倫、
立憲自由新聞、雑誌「経綸」「百零一」等は実に此種の金玉文字を惜し気もなく撒布した....
「ああ玉杯に花うけて」より 著者:佐藤紅緑
柱や辻々にはりだされ、家々は運動員の応接にせわしく、料理屋には同志会専属のものと
立憲党専属のものとができた。 阪井猛太は巌の父である、昔から同志会に属しその幹....
「現代哲学講話」より 著者:戸坂潤
掛論に終っても構わない、最後の武器は理論外の人格乃至立場という要塞の中に存する。
立憲的議会では人々に平等なる市民権を与えておくが好い、真実の立法者は
立憲外の「吾....
「世界の一環としての日本」より 著者:戸坂潤
は出現しなかった。官僚と軍閥(之も亦一種の官僚と考えることが出来るが)との所謂非
立憲内閣が大正七年まで続いてから、初めて原総裁による政友会内閣が現われたという次....
「社会時評」より 著者:戸坂潤
て来たのである。 陸海軍の青年将校や士官候補生が、犬養首相を××××、警視庁や
立憲政友会本部や日本銀行を襲撃したとか、又常人側の行動隊が変電所を襲ったとかいう....
「現代日本の思想対立」より 著者:戸坂潤
」する処のもので、「擬装的挙国一致」に憂身をやつしているものだ、というのである。
立憲治下における挙国一致の実は、「国民を基礎とする政党に立脚」しなければ無意味だ....
「言いたい事と言わねばならない事と」より 著者:桐生悠々
ざる政治家出でよと言い、また、五・一五事件及び大阪のゴーストップ事件に関しても、
立憲治下の国民として言わねばならないことを言ったために、重ねがさね彼等の怒を買っ....
「踊る地平線」より 著者:谷譲次
いますし、また誰でも、外国から来た人は、彼に会いたがるようです。どうして、あんな
立憲政体の変態者が、こんなにまで反動主義者の世界的賞讃を博するようになったのでし....
「私の小売商道」より 著者:相馬愛蔵
員の欠乏を感じて居るが、これは畢竟主人が小僧店員の虐待にほかならぬ。世間はすでに
立憲政治の行われているに、家の中はなお封建制度を墨守しているものが多い。主人家族....
「明治哲学界の回顧」より 著者:井上哲次郎
て少なくなかったのである。憲法は明治二十三年二月十一日の紀元節をもって発布され、
立憲政体もいよいよここに確立され、その翌年、帝国議会も開催され、多年にわたる国民....
「革命の研究」より 著者:大杉栄
た。 今、フランス大革命だけを例にとって見る。ある歴史家の理想は、ルイ十六世の
立憲内閣に一椅子を占めてすっかり満足したミラボーであった。またある歴史家の理想は....
「建国の事情と万世一系の思想」より 著者:津田左右吉
る。ヨウロッパに発達した制度にならおうとしたものながら、民選議院の設立の議には、
立憲政体は政治を国民みずからの政治とすることによって国民がその責に任ずると共に、....