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菊人形
「菊人形〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
菊人形の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「野分」より 著者:夏目漱石
向うの机を占領している学生が二人、西洋菓子を食いながら、団子坂《だんござか》の
菊人形の収入について大《おおい》に論じている。左に蜜柑《みかん》をむきながら、そ....
「三四郎」より 著者:夏目漱石
き》をながめながら、生まれてはじめての東京の秋をかぎつつやって来た。 坂下では
菊人形が二、三日前開業したばかりである。坂を曲がる時は幟《のぼり》さえ見えた。今....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
一 団子坂の
菊人形の話につづいて、半七老人は更に「蟹のお角」について語り出した。団子坂で外国....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
始めた。 「観世物ではまだこんなお話があります。こんにちでも繁昌している団子坂の
菊人形、あれは江戸でも旧《ふる》いものじゃあありません。いったい江戸の菊細工は―....
「三浦老人昔話」より 著者:岡本綺堂
を賞するだけであったが、躑躅には色々の人形細工がこしらえてあるので、秋の団子坂の
菊人形と相対して、夏の大久保は女子供をひき寄せる力があった。 ふだんは寂しい停....
「残されたる江戸」より 著者:柴田流星
、掛小屋が常設館という厳めしいものになって、場所以外にはチャリネの競馬もあれば、
菊人形もここで見せるという、どこまでも勘定高い世の風潮につれてしまったが、江戸ッ....
「写生紀行」より 著者:寺田寅彦
のもまれである。きょうのような日に見るとその醜さがさらに強められる、こんなものや
菊人形などというものに比べるとたとえば屠牛場の内部の光景のほうがまだいくらか美し....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
をやけにはたいて、それからそれと問わず語りをはじめている。 「お祖師様の一代記を
菊人形に仕組んでみたら、という者もあるが、あれはいけないねえ、人々《にんにん》に....
「大正女流俳句の近代的特色」より 著者:杉田久女
麿絵 みどり (ロ)枯柳に来し鳥吹かれ飛びにけり 久女 (ハ)せり上げの
菊人形やゆらぎつつ 妙子 (イ)の五字で面白く写生している。 (2) 炭....
「回想録」より 著者:高村光太郎
偶々林町に知り人の持家があって、ここに越して来たのである。秋だったから団子坂には
菊人形があり、その人込の中を引越の車をひっぱって来たことを覚えている。 私が父....
「美術学校時代」より 著者:高村光太郎
両側はずっと田圃になっており、山岡鉄舟の全生庵等があった。毎年秋になると団子坂は
菊人形で賑わった。森鴎外先生はその頃から団子坂上の藪下という所に居られて馬に跨っ....
「鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
ました。その裏手は一面の田圃でした。新|花屋敷が出来て、いろいろの動物が来たり、
菊人形が呼び物になったのは、ずっと後のことです。一廻りしますと仲見世へ出ます。仁....
「江戸芸術論」より 著者:永井荷風
う》の類なり。その他|羽子板《はごいた》、押絵《おしえ》、飴細工《あめざいく》、
菊人形、活人形《いきにんぎょう》、覗機関《のぞきからくり》、声色使《こわいろつか....
「葛飾土産」より 著者:永井荷風
代を同じくしていたように考えている。入谷《いりや》の朝顔と団子坂《だんござか》の
菊人形の衰微は硯友社《けんゆうしゃ》文学とこれまたその運命を同じくしている。向島....
「申訳」より 著者:永井荷風
した色付葡萄酒の味にも似ている。日光の廟門を模擬した博覧会場の建築物にも均しい。
菊人形の趣味に一層の俗悪を加えたものである。斯くの如き傾向はいつの時に其の源を発....