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薬師寺
「薬師寺〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
薬師寺の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「茶の本」より 著者:岡倉覚三
には強いということがわかった。そしてわが国の気候によく適していた。法隆寺の金堂や
薬師寺の塔は木造建築の耐久性を示す注目すべき実例である。これらの建物は十二世紀の....
「単独行」より 著者:加藤文太郎
ところです。水はどこにあるのかわかりませんでしたが、ちょっと下るとあるそうです。
薬師寺の絶頂には祠があります。今のは二代目らしく一つ壊れて落ちていました。ここの....
「魔法修行者」より 著者:幸田露伴
|慈雲院の孫、細川|讃岐守之勝の子息が器量骨柄も宜しいというので、摂州の守護代|
薬師寺与一を使者にして養子にする契約をしたのであった。 この養子に契約した者も....
「みさごの鮨」より 著者:泉鏡花
べい――」 四 ここに、第九師団|衛戍病院の白い分院がある。――
薬師寺、万松園、春日山などと共に、療養院は、山代の名勝に入っている。絵はがきがあ....
「大切な雰囲気」より 著者:小出楢重
く。 奈良で画家が集る写生地は主としてこの高畑である。私は時に高畑の東にある新
薬師寺まで散歩した。その途中で数人の知友に出遇ったりもした。あるいは夕日の暑さに....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
、家持十六歳ぐらいの時だろうといわれている。「眉引」は眉墨を以て眉を画くことで、
薬師寺所蔵の吉祥天女、或は正倉院御蔵の樹下美人などの眉の如き最も具体的な例である....
「夢殿殺人事件」より 著者:小栗虫太郎
それが起因となって、推摩居士の本体が曝露されるに至ったのである。 寂光庵は、新
薬師寺を髣髴とする天平建築だった。その物寂びた境域には、一面に菱が浮かんでいる真....
「回想録」より 著者:高村光太郎
でもいいものが沢山あって、皆のいいというものは矢張いいと思う。天平末だろうが、新
薬師寺の薬師なども私はいいと思う。肉のとり方がとても巧く、如何にも木というものを....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
他のものは大概批評の標準が立っていて、特に私が見出すまでもないことで、奈良の新
薬師寺の薬師|如来など木彫りとして結構なものの中でも特に優れていると思って見たこ....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
の御用品となりました。後に或る奈良の宮家へ下されたそうですが、それをまた奈良の新
薬師寺の尼さんが御ねだりして拝領して、今は同寺の宝物になっているそうであります。....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
草小島町の生まれで、私の門下となって美術学校に入り、卒業後研究を続けられている。
薬師寺行雲君は本所|茅場町の松薪問屋の息で、家が資産家であるから、いろいろなこと....
「真珠塔の秘密」より 著者:甲賀三郎
のである。諸君も既に御承知の事と思うが、私の見た所では塔の高さは約三尺|彼の大和
薬師寺の東塔を模したと云われ、三重であるが所謂裳階を有するので、一寸見ると六階に....
「法隆寺再建非再建論の回顧」より 著者:喜田貞吉
同人諒解の下に翌五月の歴史地理全部を殆どこれに当ててなお足らず、別に「記録上より
薬師寺金堂三尊の年代を論ず」と題する弁駁論文一篇を、同月の史学雑誌に掲載してもら....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
、決して和歌ではないのである。仏会の歌もはじめは前に引用した維摩講のときの歌や、
薬師寺に伝わっている仏足石歌碑の歌や、百石讃歎の歌やのように短歌であるが、慈覚大....
「舞子より須磨へ」より 著者:小川未明
あろうと思われるような松並木のある街道を通った。 私の手携げ袋の中には、奈良の
薬師寺で拾った瓦や、東大寺で買った鐘や、いろ/\のものが入っているので、手が痛く....