観ずる[語句情報] » 観ずる

「観ずる〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

観ずるの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
女体」より 著者:芥川竜之介
ったように動かなかった。――楊は、虱になって始めて、細君の肉体の美しさを、如実に観ずる事が出来たのである。 しかし、芸術の士にとって、虱の如く見る可きものは、....
道祖問答」より 著者:芥川竜之介
悩即菩提《ぼんのうそくぼだい》と云うは、悉く己《おの》が身の仏性《ぶっしょう》を観ずると云う意《こころ》じゃ。己が肉身は、三身即一の本覚如来《ほんがくにょらい》....
般若心経講義」より 著者:高神覚昇
ば、たしかにその通りでしょう。生があればこそことです。あきらめることです。因縁と観ずることです。けだし「人間味」を離れて、どこに「宗教味」がありましょうか。悟り....
二十五年間の文人の社会的地位の進歩」より 著者:内田魯庵
を浴びて白粉の女と差向いになっていても、矢張り鴨の長明が有為転変を儚なみて浮世を観ずるような身構えをしておる。同じデカダンでも何処かサッパリした思い切りのいゝ精....
風流仏」より 著者:幸田露伴
柳散り桐落て無常身に染る野寺の鐘、つく/″\命は森林を縫う稲妻のいと続き難き者と観ずるに付ても志願を遂ぐる道遠しと意馬に鞭打ち励ましつ、漸く東海道の名刹古社に神....
艸木虫魚」より 著者:薄田泣菫
引っ張りまわし、自分は蟹のように他人の掘った穴を借りている。こうして現世を夢幻と観ずるのは、すべて心ある人のすることだが、利休は人の盛なことのみを知って、それが....
連環記」より 著者:幸田露伴
、嗚呼、牛、汝何ぞ拙くも牛とは生れしぞ、汝今|抑々何の罪ありて其苦を受くるや、と観ずる途端に発矢と復笞の音すれば、保胤はハラハラと涙を流して、南無、救わせたまえ....
秋の気魄」より 著者:豊島与志雄
や、田畑の熟しきった黄色い農作物や、赤々とさす日脚などは、それをそのまま抽出して観ずる時には、寧ろ残暑に属すべきもので、真の秋の領域ではない。試みに、吾々の住宅....
肝臓先生」より 著者:坂口安吾
心して、伊豆の辺地の何百人かの人々の手足となってあげることが大切なのだ。 かく観ずることによって、先生は安心を得た。否、かく観ずることによって、その時以来、さ....
我が人生観」より 著者:坂口安吾
は、元禄のころは実在したかも知れないが、当今は、国の敗れたるが如く雲散霧消せりと観ずる方が天地の理にかなっているようである。とはいえ、大石が一力茶屋で遊んでいる....
安吾人生案内」より 著者:坂口安吾
徹する如くであっても、同時に徹せざる如くでもありうるかのような、人生をこれ凸凹と観ずる境地に至りうるのである。人間の日常には、誰しもこれぐらいのユーモアはあるの....
なよたけ」より 著者:加藤道夫
る詩人の凝視を形成する場所だ。真実の詩とはそこに生れるのだ。その虚無の場を不安と観ずるべからず、法悦の境と信ずべし、だ。そこに生ずる悲哀よりも歓喜よりも、何より....
山越しの阿弥陀像の画因」より 著者:折口信夫
現する如く、日輪三体に分れて見えると言って、拝みに出るのである。 此日、来迎仏と観ずる日輪の在る所に行き向えば、必その迎えを得て、西方浄土に往生することになる、....
鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
は左ほど大ならずともいふべけれど、名誉より是の如く観じ候如くに道の上より是の如く観ずるときはおのれの為す事が一々愉快に、一々大切なるべく候。飛んだ説法に候へど、....
フレップ・トリップ」より 著者:北原白秋
は観相もやるし、仏典にも通じている、易学なぞは大家だというんだがね。人体を宇宙と観ずるという漢法医の道は術でなくてやはり道であるのだろう。単なる学理でなくて、創....