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「鑠〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

鑠の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
突貫紀行」より 著者:幸田露伴
耕海入道と号する紀州の人と知る。齢《よわい》は五十を超《こ》えたるなるべけれど矍《かくしゃく》としてほとんと伏波将軍《ふくはしょうぐん》の気概《きがい》あり、....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
、好んで人の眼を食らうというのである。 平陽の令 平陽の令を勤めていた朱という人は、その性質甚だ残忍で、罪人を苦しめるために特に厚い首枷や太い棒を作ら....
自由画稿」より 著者:寺田寅彦
うして自分の青年時代に八十余歳でなくなるまでやはり同じようなおばあさんのままで矍《かくしゃく》としていたB家の伯母《おば》は、冬の夜長に孫たちの集まっている燈....
日本天変地異記」より 著者:田中貢太郎
があったらしい。 貞観六年七月には富士山の噴火に伴うて大地震があって、噴出した石は本栖、※の両湖をはじめ、民家を埋没した。富士山は既に延暦二十年三月にも噴火....
碑文」より 著者:豊島与志雄
、当主の崔之庚が他から買い取って住んでいるのでした。 崔之庚は六十歳ばかりの矍たる老人で、一代で富をなしたのだといわれています。大地主で、農産物の売買なども....
秦の出発」より 著者:豊島与志雄
。私からも逢いたく思っていた。」と洪は笑顔で言った。 七十歳に近い洪は、まだ矍たるもので、肩には肉の厚みも見え、髪は短く刈り、顔色は浅黒く、太い眉と細めの眼....
赤格子九郎右衛門」より 著者:国枝史郎
時に年八十六歳。頽然たる老人である可きであったが、名に負う海洋で鍛えた体は矍として尚逞しく、上下の歯など大方揃っていた。加之此時は彼の資産なども、末次平蔵....
雪の宿り」より 著者:神西清
言う。とって六十八にもなる兼良のことを、今さら老けたとは妙な言艸だが、事実この矍たる老人は、近年めだって年をとった。それは五年ほど前に腹ちがいの兄、東福寺の雲....
正雪の遺書」より 著者:国枝史郎
して時々思い出したように、口の中でこんなことを唱えています。 「生死流転、如心車、五百縁生、皆是悪逆、頓生菩提」 町奉行落合小平太殿、御加番松平山城守殿、お....
次郎物語」より 著者:下村湖人
まい、渡された竹の皮包みの弁当をぶらさげて、老人のあとについた。 老人の足は矍たるものだったが、それでも三人の足にくらべるとさすがにのろかった。しかし、滝ま....
沙漠の古都」より 著者:国枝史郎
ことが出来る」 しかし老人は容易のことではこの世を去りそうにも見えなかった。钁として壮者を凌ぎ森林などを駈け歩いても人猿などより敏捷であった。私も老人の真似....
岩魚」より 著者:佐藤垢石
莞爾として老爺は、顔を綻ばせた。 「まだお達者でいたのですか」 「達者じゃ、矍としちょる。沼之上へ帰ったら皆の者によろしく伝えてくれ」 「もうお爺さんは、九....
役者の顔」より 著者:木村荘八
ょうか。――云う迄もなく梨園にはなお菊五郎、吉右衛門もいますし、幸四郎の長老も矍としています。いわゆる「平馬返り」ではないにしても、年八十を越えたこの老優が実....
追放されて」より 著者:神西清
セミョーンは六十ほどの老爺で、痩せて歯はもう一本もないが、肩幅が広くて一見まだ矍としている。彼は酔っていた。もう夙から寝たくてならないのだが、ポケットには酒瓶....
フレップ・トリップ」より 著者:北原白秋
さんで、肥前は有田の弁護士である。もう六十を越えて、それで前額は禿げているが、矍としたシャンとした老人である。郷里ではその子の禎介氏の記念図書館の館長をしてい....