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関根
「関根〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
関根の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「思想と風俗」より 著者:戸坂潤
ス哲学文芸の伝統としてのモラリスト達は(モンテーニュから始まる――モンテーニュは
関根秀雄教官のおかげで松本学議員から賞金を拝受した)、多くは時代々々の勤労大衆と....
「読書法」より 著者:戸坂潤
哲郎氏は東北帝大教授藤岡氏のコーエン翻訳をヤッツケて訳者を馘にしたし、林達夫氏は
関根氏のブリュンティエールの旧訳をタタいて凹ませたし、小島喜久雄氏は団氏の西洋美....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
様と特に名ざしたことです。 関守といえば、その人の固有の姓、たとえば関口とか、
関根とか、関山というような種類のものでなくて、関を守る人という意味の特別普通名詞....
「明治十年前後」より 著者:淡島寒月
から頻りに西鶴の古本を漁り集めた。(この「鳥吉」は、芝居の本を多く扱っていたが、
関根只誠氏がどういう都合かで売払った本を沢山私のところにもって来てくれたものであ....
「二科展院展急行瞥見」より 著者:寺田寅彦
両氏の昔のものの方が絵の中に温かい生き血がめぐっているような気がするのである。故
関根|正二氏の「信仰の悲み」でも、今の変り種の絵とはどうもちがった腹の底から来る....
「時 処 人」より 著者:岸田国士
けつこう「空腹」の足しになるという例が、今私の眼の前にある。 これは最近、畏友
関根秀雄君から贈られた同君訳の「美味礼讃」で、プリヤ・サヴァランというフランス人....
「私の活動写真傍観史」より 著者:伊丹万作
のもできた。 世界館の開館のときの写真は松之助の「宮本武蔵」であつた。松之助、
関根達発、立花貞二郎などという名まえをこの館で覚えた。松山館では山崎長之輔、木下....
「明日は天気になれ」より 著者:坂口安吾
子園へ出場したが、案外呆気なく敗退した。投手に好選手がいなかったのである。近鉄の
関根がまだ一年生ぐらいで日大三中の二塁をやっていた。ギッチョの二塁で目立ったが、....
「可能性の文学」より 著者:織田作之助
り阿呆な将棋さしなはんなや」と言い残した。「よっしゃ、判った」と坂田は発奮して、
関根名人を指込むくらいの将棋指しになり、大阪名人を自称したが、この名人自称問題が....
「子規居士と余」より 著者:高浜虚子
て東京に上った余は大海に泳ぎ出た鮒のようなものでどうしていいんだか判らなかった。
関根|正直氏の『小説史稿』や、坪内逍遥氏の『小説神髄』や『書生気質』や『妹背鏡』....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
気味で劇評の筆を執っていたようであった。須藤南翠が『大阪朝日新聞』に移ってから、
関根黙庵がこれに代り、森田思軒が『萬朝報』に移ってから、杉贋阿弥がこれに代った。....
「知々夫紀行」より 著者:幸田露伴
の作りたるなりというも、まことにさもあるべしとうけがわる。ほどなく大宮につきて、
関根屋というに宿かれば、雨もまたようやく止みて、雲のたえだえに夕の山々黒々と眼近....
「江戸芸術論」より 著者:永井荷風
》なきに非《あら》ず。(飯島半十郎著『浮世絵師便覧』には国重を豊重となしたり。『
関根氏名人忌辰録』に国重〈二代豊国〉天保六年歿年五十九とあり。) 国重の名|漸....
「向嶋」より 著者:永井荷風
柳北がある。詩人には伊藤聴秋《いとうていしゅう》、瓜生梅村《うりゅうばいそん》、
関根癡堂《せきねちどう》がある。書家には西川春洞《にしかわしゅんとう》、篆刻家《....
「水郷異聞」より 著者:田中貢太郎
三はその翌日の夕方利根川の支流になった河に臨んだ旅館の二階に考え込んでいた。 「
関根さん、お伴様が見えました」
関根友一は省三がこの旅館で用いている変名であっ....