雪嶺[語句情報] » 雪嶺

「雪嶺〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

雪嶺の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
私の個人主義」より 著者:夏目漱石
私がかつて朝日新聞の文芸欄《ぶんげいらん》を担任していた頃、だれであったか、三宅雪嶺《みやけせつれい》さんの悪口を書いた事がありました。もちろん人身攻撃ではない....
人外魔境」より 著者:小栗虫太郎
やってきたものだ」 と、折竹が感じ入ったように、呟くのも道理。 まず、無名の雪嶺を名づけた、P1峰を越えたのが始め、火箭のように、細片の降りそそぐ氷河口の危....
婦人と文学」より 著者:宮本百合子
る。 「藪の鶯」の作者が、やがて、当時政教社をおこして『日本人』を発刊しはじめた雪嶺三宅雄二郎と結婚した内的必然もこの作をよめばうなずける。「どもりはかわゆい」....
行為の価値」より 著者:宮本百合子
いうところからくれる博士号などは欲しくないと云って、ことわった。 同じ時、三宅雪嶺という哲学者が博士号をもらってうけた。ことわるほどのものでもなかろう、と笑っ....
人外魔境」より 著者:小栗虫太郎
うのが正確な意味になる。で今、もしもその辺りを絶好の月夜にながめたとしたら……。雪嶺銀渓、藍の影絵をつらねているワカン隘路のかなた、銀蛇とうねくる温霧谷氷河の一....
鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
に譲る事になって、暫くは現状のままで居たけれど、羯南氏に代って主筆となった三宅|雪嶺《せつれい》氏やその他の人々は、或る事件から袂を連ねて、日本新聞社を退くこと....
田沢稲船」より 著者:長谷川時雨
のだ。そのほかにと考えながら、 「田辺龍子《たなべたつこ》(三宅《みやけ》龍子・雪嶺《せつれい》氏夫人)さんも十七位だったかな、小説を書きはじめたのは、そうだ、....
読書遍歴」より 著者:三木清
られた。私どもは教室でもしばしばこの先生から、中江兆民、福沢諭吉、徳富蘇峰、三宅雪嶺などについて聞かされたものである。しかし私はその頃はむしろ文学に熱中していて....
日記」より 著者:宮本百合子
『婦人公論』などに見えるいやに納った態度に対する反感を忘れて同情した。伯父上が、雪嶺氏だからよいだろうけれども、あの方自身の悲しさは、何も立派な伯父があることに....
わが童心」より 著者:佐藤垢石
上新田から一里半ばかり南方の玉村町近くへ行くと赤城と足尾連山の峡から奥白根の高い雪嶺が、遙かに銀白色の光を放っているのを眺め得よう。 足尾山の左は、わが赤城だ....
鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
に駕籠町で乗り換えて東照宮下で降りました。何の御話をしたかよく覚えませんが、三宅雪嶺氏御夫婦のお話をなすったようです。何でも金婚式についての事で、「あなたは」と....
西航日録」より 著者:井上円了
マラヤ山中、無人の絶境に入り、ついに入蔵の目的を達するを得。再び白馬にむちうちて雪嶺を越え、ここに身心を全うしてカルカッタに安着せられたるは、仏教のため、および....
南半球五万哩」より 著者:井上円了
出発、アンデス山行を企て、ロスアンデス駅に至りて降車す。これより狭軌鉄道に駕し、雪嶺を登るべきも、時日を要するをもって果たさず。その光景を詩中に写す。 路掛。 ....
まあまあ居士の弁」より 著者:浅沼稲次郎
らなければならない。大学擁護の運動を起さなければならんというのでその時には、三宅雪嶺先生、福田徳三先生、大山郁夫先生の三人を中心として、神田の基督教青年会館で大....
雪の十勝」より 著者:中谷宇吉郎
、十二月から翌年の二月一杯にかけて、この十勝の連峯から日高《ひだか》山脈にかけた雪嶺《せつれい》の中を一人で歩き廻《まわ》って来たというのである。この老人の話を....