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魂祭
「魂祭〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
魂祭の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「将軍」より 著者:芥川竜之介
、阿吉牛堡《あきつぎゅうほう》に駐《とどま》っていた、第×軍司令部では、午前に招
魂祭《しょうこんさい》を行った後《のち》、余興《よきょう》の演芸会を催《もよお》....
「フォスフォレッスセンス」より 著者:太宰治
い花の名を言った。私は、自分の語学の貧しさを恥かしく思った。 「アメリカにも、招
魂祭があるのかしら。」 とそのひとが言った。 「招
魂祭の花なの?」 そのひと....
「義血侠血」より 著者:泉鏡花
さすがに八方|塞《ふさ》がりて、融通の道も絶えなむとせり。 翌年の初夏金沢の招
魂祭を当て込みて、白糸の水芸は興行せられたりき。渠は例の美しき姿と妙なる技《わざ....
「手紙」より 著者:夏目漱石
くれと言うと、番頭はまたおじぎを一つして、まことにお気の毒さまでございますが、招
魂祭でどのへやもふさがっておりますのでとていねいに断わった。自分は傘《かさ》を突....
「護持院原の敵討」より 著者:森鴎外
、屋代太郎|弘賢は七十八歳で、九郎右衛門、りよに賞美の歌を贈った。 「又もあらじ
魂祭るてふ折に逢ひて父兄の仇討ちしたぐひは」幸に太田七左衛門が死んでから十二年程....
「みみずのたはこと」より 著者:徳冨健次郎
日。例によって赤の飯、若芽の味噌汁。
朝飯すまして一家買物に東京行。東京には招
魂祭、府中には大国魂神社の祭礼があるので、甲州街道も東へ往ったり西へ来たり人通り....
「妖僧記」より 著者:泉鏡花
き伏すをば、此上無き娯楽として、お通は日課の如く参詣せり。 七月の十五日は殊に
魂祭の当日なれば、夕涼より家を出でて独り彼処に赴きけり。 野田山に墓は多けれど....
「革鞄の怪」より 著者:泉鏡花
やがて、十八九年も経ったろう。小児がちと毛を伸ばした中僧の頃である。……秋の招
魂祭の、それも真昼間。両側に小屋を並べた見世ものの中に、一ヶ所目覚しい看板を見た....
「人生における離合について」より 著者:倉田百三
再び相合うことはないのであろうか。これは人間として断腸の問いである。私は今春、招
魂祭の夜の放送を聞いて、しみじみと思ったのである。近代の知性は冷やかに死後の再会....
「私の活動写真傍観史」より 著者:伊丹万作
が十三の年であつた。 常設館ができるまでは巡業隊の持つてくる写真を芝居小屋か招
魂祭の掛小屋で見ていた。 招
魂祭の掛小屋で乃木大将の一代記というのを見た覚えが....
「雑文的雑文」より 著者:伊丹万作
しないかわりに音も聞かせないというのはもはや実業の域を脱している。それはむしろ招
魂祭の見せ物に近きものである。 ロシヤには俳優の出ない映画などもできているが、....
「昭和遊撃隊」より 著者:平田晋策
和遊撃隊は、ただちに追跡し、かれらの行動を監視(見はり)せんとす。」 碧海島の弔
魂祭 この無電をうけとった武田博士は、 「よし、B国艦隊が逃げている間に、きっ....
「年中行事覚書」より 著者:柳田国男
ぎの所作ではなくて、神の実在を信じたあるじ振りであったことは、ちょうど我々の盆の
魂祭の後先ともよく似ている。 刈入れ直後の祝の日に、すでに田の神のお帰りを送っ....
「ロザリオの鎖」より 著者:永井隆
ない。長屋の高利貸しぐらいのところである。 熊野先生 大正十一年秋、松江の招
魂祭の日はしぐれていた。松江中学の生徒はそれに参拝のためいま校門を出て赤山の坂を....