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「黒石〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

黒石の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
彼岸過迄」より 著者:夏目漱石
この主人は、この時玄関に近い応接間で、たった一人|碁盤《ごばん》に向って、白石と黒石を互違《たがいちがい》に並べながら考え込んでいたのだそうである。それは客と一....
吾輩は猫である」より 著者:夏目漱石
|御揃《おそろ》いの事だから、最初のうちは各自任意の行動をとって、盤の上を白石と黒石が自由自在に飛び交わしていたが、盤の広さには限りがあって、横竪《よこたて》の....
河口湖」より 著者:伊藤左千夫
と櫓の音がする。 ふりかえってみると、いまでた予の宿の周囲がじつにおもしろい。黒石でつつまれた高みの上に、りっぱな赤松が四、五本森をなして、黄葉した櫟がほどよ....
青服の男」より 著者:甲賀三郎
つやって見ようか」 「へえ、どうぞ」 連珠屋は鴨が来たとばかり、手にした木製の黒石を信造に渡した。 パチリ。 信造の打った所は急所らしかった。 連珠屋は....
春の枯葉」より 著者:太宰治
のうちへ養子に来てから、まだ十年も経っていないのですよ。その前は、あの人の生れた黒石のうちにいて、黒石の小学校の先生をしていたのですし、この村のそんな、二十年も....
縮図」より 著者:徳田秋声
。硝子戸のはまった格子の出窓の外が、三尺ばかり八ツ手や青木の植込みになっており、黒石などを配ってあったが、何か自分のことらしいので、銀子は足を止めて耳を澄まして....
大衆文芸作法」より 著者:直木三十五
説の少いことの重大な原因をしているのである。現在、ユーモア小説作家としては、大泉黒石、佐々木邦の二人を除けば、皆無といっていいであろう。私の考えでは、かの夏目漱....
明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
ればお前さんが五目。また負ければお前……」 怒るかと思いのほか、こう呟きながら黒石をとる。子供のように軽くあしらわれて、この野郎め、ふざけやがるな、黒石を皆殺....
生死卍巴」より 著者:国枝史郎
の花にまじりながら、常夏の花が咲き乱れていた。 ※|果物の木に匂いあり 御神水と黒石とに、 虹の光のまとう時 馬合点様の死せざる魂に いざや捧げまつろうよ 常夏....
名人地獄」より 著者:国枝史郎
は呟いたが、急にニヤリと片笑いをすると、 「やれ助かった」と手を延ばし、パチリと黒石を置いたものである。「まずこれで脈はある」 「それはわからぬ」とどなったのは....
秋の筑波山」より 著者:大町桂月
東につらなりて宝珠岳あり。なほ女体よりの下り路に、北斗石、紫雲石、高天原、側面大黒石、背面大黒石、出船入船などの奇巌、峯上に突起す。就中女体峯頭が最も高く、且つ....
奥羽地方のシシ踊りと鹿供養」より 著者:喜田貞吉
解せられる。津軽浅瀬石川の上流地方には、岩面に鹿の頭を刻したものの存在することを黒石の佐藤耕次郎君が報告せられた。これは前号所載「北海道発見の石面刻文」の末に附....
本州における蝦夷の末路」より 著者:喜田貞吉
賜わった方々が少からぬのであります。中にも盛岡の橘正一君、八戸の小井川潤次郎君、黒石の佐藤耕次郎君などの通信は、最も有益に拝見しました。これらは折を見てさらに研....
オシラ神に関する二三の臆説」より 著者:喜田貞吉
て、オシラサマ一類の名称のみを観察してみても、陸奥八戸地方ではオヒラサマといい、黒石地方ではオヒナサマと呼ぶと佐々木君は言っておられる。余輩が過日親しく黒石にお....
春雪の出羽路の三日」より 著者:喜田貞吉
酒食を供するという。 かくのごとき風習は奥羽地方各地にあると見えて、陸中江刺郡黒石の蘇民祭もこれに似たものだとのことであった。『民族と歴史』第五巻第四号に、羽....