» オーストリア

「オーストリア〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

オーストリアの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
デンマルク国の話」より 著者:内村鑑三
を去る四十年前のデンマークはもっとも憐れなる国でありました。一八六四年にドイツ、オーストリアの二強国の圧迫するところとなり、その要求を拒《こば》みし結果、ついに....
女の決闘」より 著者:太宰治
な題の短篇小説ばかり、ずらりと並んでいます。巻末の解説を読むと、これは、ドイツ、オーストリア、ハンガリーの巻であることがわかります。いちども名前を聞いたことの無....
新生」より 著者:島崎藤村
った。巴里を立退《たちの》こうとしてその停車場に群がり集る独逸人もしくは墺地利《オーストリア》人はいずれも旅装束で、構内の敷石の上へ直接《じか》に足を投出し汽車....
最終戦争論」より 著者:石原莞爾
化しました。それから以後、ドイツが西洋軍事学の主流になります。そうしてモルトケのオーストリアとの戦争(一八六六年)、フランスとの戦争(一八七〇―七一年)など、す....
日本脱出記」より 著者:大杉栄
近出版の四、五冊の本も読んだ。ドイツ語の会話の本の暗誦もした。おまけに、帰りにはオーストリア、スイス、イタリアと廻るつもりで、イタリア語の会話の本までも買った。....
五色温泉スキー日記」より 著者:板倉勝宣
。今日から一つ炬燵に五人ねることになったので、板倉は唐紙のそばに圧迫された。今日オーストリアの人が一人きたということだ。 十二月二十九日。九時半頃から滑りに出....
宝島」より 著者:佐々木直次郎
ーの村。ここで、一七四五年五月十一日、カムバランド公の率いたイギリス、オランダ、オーストリアの聯合軍五万が、フランス軍七万と戦って敗れた。両軍の死傷はすこぶる多....
フランケンシュタイン」より 著者:シェリーメアリー・ウォルストンクラフト
るようにして父の計画に従った。父の尽力によって、エリザベートの相続財産の一部が、オーストリア政府から返され、コモ湖畔の小さな所有地がエリザベートのものになった。....
純粋経済学要論」より 著者:手塚寿郎
んど時を同じゅうして考え出した理論、全経済学の基礎を作ったこの理論は、イギリス、オーストリア、アメリカ、そのほか純粋経済学が研究せられ教授せられる諸国において、....
ファラデーの伝」より 著者:愛知敬一
発し、同一五年三月二十三日に帰るまで、約一年半の間、フランス、イタリア、スイス、オーストリア、ドイツを巡った。 ファラデーはこのとき二十二才の青年で、最も印象....
今昔茶話」より 著者:国枝史郎
り、その相談をするための会議であって、これへは、ゴルチャコフやビスマルクのほか、オーストリアの宰相のアンドラシイ、英吉利の宰相ジスレーリ、仏蘭西のワジントン、伊....
欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
らず。もし、新教の国は富強にして旧教の国は富強ならずとするときは、かのフランスもオーストリアもイタリアもみな旧教の国にして、オランダ、スイス、デンマークは新教の....
南半球五万哩」より 著者:井上円了
イユ町、マルセイユ市) ドイツ(ベルリン市、ドレスデン市、ポツダム町、ケルン町)オーストリア(ウィーン市) イタリア(ローマ市、チュリン市、ゼノア市、フローレン....
ベートーヴェンの生涯」より 著者:片山敏彦
要求は高貴な天性の人々の本質的な要求なのですが――少しずつ成長するものです。 (オーストリアのルードルフ大公に) ※ 描写 die Beschre....
戦争史大観」より 著者:石原莞爾
め、ドイツから持ち帰った資料を勉強し、更にドイツにいた原田軍医少将(当時少佐)、オーストリア駐在武官の山下中将をもわずらわして不足の資料を収集した。昭和元年から....