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国公
「国公〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
国公の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「黄粱夢」より 著者:芥川竜之介
を雪《すす》ぐ事が出来たおかげでまた召還され、中書令《ちゅうしょれい》になり、燕
国公《えんこくこう》に封ぜられましたが、その時はもういい年だったかと思います。子....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
ら迂濶に手が着けられません。町奉行所から外国奉行の方へ申達して、外国係から更に外
国公使へ通知するというような手続きがなかなか面倒です。それやこれやで小半月もその....
「夜行巡査」より 著者:泉鏡花
軽侮と、怨恨《えんこん》とを満たしたる、視線の赴くところ、麹《こうじ》町一番町英
国公使館の土塀《どべい》のあたりを、柳の木立ちに隠見して、角燈あり、南をさして行....
「瘠我慢の説」より 著者:石河幹明
は、彼の国々が従来|未開国に対するの筆法に徴して想像するに足るべし。 されば各
国公使等の挙動を窺えば、国際の礼儀法式のごとき固より眼中に置かず、動もすれば脅嚇....
「今昔茶話」より 著者:国枝史郎
たことである。 第二は、その露国皇太后が音頭取りで、国内に排仏熱を高め、駐露仏
国公使サバリーに対し、皮肉な、陰険な、女性的迫害を加え、首都ペテルブルグ中で、泊....
「秀吉・家康二英雄の対南洋外交」より 著者:国枝史郎
律に照して処罰されたし」と返書を与えたことから始まり、翌七年、又安南の大都統、瑞
国公より、通商に関する来書があった時「風波は天なればご注意ありたく、凶賊は人にし....
「父の怪談」より 著者:岡本綺堂
きりにきこえた。あまりにそうぞうしいので、雨戸をあけてみると、隣家に住んでいる英
国公使館の書記官マクラッチという人の飼犬が、わたしの家の庭にはいって来て無暗に吠....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
月、新富座新築の開場式に在京の各外国人を招待したので、その時同じく招待をうけた英
国公使館の外国人らが主唱者となって、外国人から何か新富座へ贈り物をするということ....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
の場合に活躍するための準備として修められたのだから、「君は支那公使となれ、我は露
国公使とならん」というが二人の青年の燃ゆる如き抱負で、殆んど天下の英雄は使君と操....
「四十年前」より 著者:内田魯庵
から期待したとは打って変った見窶らしい生活が意に満たないで、不満のある度に一々英
国公使に訴え、公使がまた一々取次いで外相井侯に苦情を持込むので、テオドラ嬢の父は....
「欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
像を見るもまたしかり。ゆえに余曰く、これ我人を薫育する良教師なりと。しかるにわが
国公園中に、いまだかくのごとき肖像を建置せざるは、教育上の一大欠点といわざるべか....
「明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
名誉なりと喧伝せらる。第一日は聖上陛下の天覧、第二日は皇后陛下の台覧、第三日は外
国公使その他の招待、第四日は皇太后陛下の台覧あり。 ○七月二十一日、三代目河原崎....
「旃陀羅考」より 著者:喜田貞吉
は、一向古書の記事に合わぬところで、「日本紀」には、継体天皇の皇子|椀子皇子は三
国公の先なりとあり、「新撰姓氏録」に三箇所まで見えている三国真人も、いずれも継体....
「融和促進」より 著者:喜田貞吉
省で細民部落改善協議会が開かれますし、二月の二十三日には、築地本願寺において、帝
国公道会主催の同情融和会が開かれました。機会を得たりと私は自ら進んで、その双方の....
「魯迅さん」より 著者:内山完造
なかった。二十二日午後二時殯儀館を出た葬列はおよそ六千人の青年男女が粛々として万
国公墓に向った。順路の両側には騎馬巡査が警戒してボーイスカウトが交通の整理にあた....