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子子
「子子〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
子子の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「業平文治漂流奇談」より 著者:三遊亭円朝
や》しいたって、こんな証文などを拵《こしら》えて、お前さん立派な剣術の先生で、弟
子子《でしこ》もあり、大小を挿《さ》す身の上で、入字《いれじ》をして証文を拵える....
「近時政論考」より 著者:陸羯南
がためのみ、徳立たざれば君君にあらず、民民にあらず、道修まらざれば父父にあらず、
子子にあらず云々。 先生すでに天地平等万物一体はじめより高卑物我の分あらざるこ....
「渋江抽斎」より 著者:森鴎外
人に坂井次永、神尾金弥があった。後の二人は旧会津藩士である。 万来舎では今の金
子子爵、その他|相馬永胤、目賀田男爵、鳩山和夫等が法律を講ずるので、保も聴いた。....
「御萩と七種粥」より 著者:河上肇
も、純白の壁や腰板などは洋風趣味であり、屋根裏へじかに板張りをした天井や、竹の格
子子の附いた丸窓などは、茶室か書院かを想わす日本趣味であった。炬燵も蒲団へ足を入....
「霧陰伊香保湯煙」より 著者:三遊亭円朝
云ったが、これは左様でげしょう、併し男子山と子持山の間から足尾庚申山が見える、男
子子持の両山の景色などは好いねえ……あゝ子持で思い出したが、お嬢さんはお身大きく....
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
これを補うべき史料としては、実隆の実母の弟甘露寺親長の日記もあり、また実隆の烏帽
子子《えぼしご》であった山科言継《やましなことつぐ》の日記もある。相当に交際のあ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
浜を駈けて、味方の陣へ突進して来た。 これは、島津四郎といって、長崎円喜の烏帽
子子といわれ、相模入道高時にも、日ごろ可愛がられていた者である。 だから、敵味....