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小山内
「小山内〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
小山内の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「私の活動写真傍観史」より 著者:伊丹万作
分から伊藤は映画脚本の試作を始め、できあがるとまず私たちに読んで聞かせ、それから
小山内先生に見てもらつた。
小山内さんの批評はかんばしくないのが常で伊藤はたい....
「怪談劇」より 著者:岡本綺堂
兵衛の方に多分の興味を感じて、肝腎のお岩さまの方は二の次にされている傾きがある。
小山内薫氏が曾て云われた通り、怪談は所詮「怪談」で、ストーリーの領分に属するもの....
「当今の劇壇をこのままに」より 著者:岡本綺堂
今の劇壇、それはこのままでいいと思う。旧臘私は
小山内君の自由劇場の演劇を見た、仲々上手だった、然しあれを今の劇壇に直にまた持っ....
「明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
の社長たり。 ○六月、歌舞伎座にて市川団蔵、一世一代の仁木弾正を演じ、好評。 ○
小山内薫、市川左団次共同して、十一月二十七、二十八の両日、有楽座にて自由劇場第一....
「芝、麻布」より 著者:小山内薫
市村はああいう人だから、よく大きな声で、庭先の縁から、私の書斎へ詞をかけた。 『
小山内君、来ないか。うまいお菓子があるぜ。』 私は目隠しの隙間から、 『有難う....
「イプセン百年祭講演」より 著者:久保栄
けずに、さかんなイプセン記念公演、展覧会、講演会を催します。築地はこれまでにも、
小山内先生によって「ボルクマン」、土方さんによって「幽霊」と「社会の敵」の都合三....
「小山内薫先生劇場葬公文」より 著者:久保栄
築地小劇場劇団部主事
小山内薫先生は、昭和三年十二月二十五日午後七時、日本橋亀島町旗亭「偕楽園」におい....
「熱情の人」より 著者:久保栄
小山内先生は、大学の卒業論文が英国の詩篇の研究であったばかりでなく、文壇へのデビ....
「青春の息の痕」より 著者:倉田百三
養的で僕の無理をしない自然な持ち味が出ていると思っています。来月初旬「俊寛」を、
小山内氏が監督して左団次一派が、明治座で上演することになりました。艶子はあれから....
「宝塚生い立ちの記」より 著者:小林一三
る当時の事情を知ることができるので、次に掲げてみよう。 日本歌劇の曙光
小山内薫 『宝塚の少女歌劇とかいうものが来ますね。あなた大阪で御覧になった事がお....
「千曲川のスケッチ」より 著者:島崎藤村
思い立ったことではなかった。 到頭、わたしは七年も山の上で暮した。その間には、
小山内薫君、有島|生馬君、青木|繁君、田山花袋君、それから柳田国男君を馬場裏の家....
「正義と微笑」より 著者:太宰治
違いない。ガマ仙の講義は、お伽噺だ。 昼休みの時間に、僕は教室にひとり残って、
小山内薫の「芝居入門」を読んでいたら、本科の鬚もじゃの学生が、のっそり教室へはい....
「夜長ノート」より 著者:種田山頭火
三田文学、劇と詩、朱欒。永井荷風氏、吉井勇氏、北原白秋氏、秋田雨雀氏、上田敏氏、
小山内薫氏、鈴木三重吉氏。…… 早稲田文学、文章世界、帝国文学、新小説。島村抱....
「十日の菊」より 著者:永井荷風
一 庭の山茶花《さざんか》も散りかけた頃である。震災後家を挙げて阪地に去られた
小山内《おさない》君がぷらとん社の主人を伴い、倶《とも》に上京してわたしの家を訪....
「濹東綺譚」より 著者:永井荷風
て文藝春秋社の徒が、築地小劇場の舞台にその党の作品の上演せられなかった事を含み、
小山内薫《おさないかおる》の抱ける劇文学の解釈を以て誤れるものとなした事の如きを....