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小谷
「小谷〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
小谷の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「青蛙堂鬼談」より 著者:岡本綺堂
しいことでした。これから申上げるのはその時のお話でございます。 わたくしの家は
小谷と申しまして、江戸時代から代々の医師でございました。父は若い時に長崎へ行って....
「単独行」より 著者:加藤文太郎
いる。道はやがて四尺幅くらいにせばまり、右側からジメジメした沢や、水の流れている
小谷等が二つ三つ入ってくる。そして冷沢から約一時間で栃ノ木山神というところに着く....
「姉川合戦」より 著者:菊池寛
約を怒って、こんな表裏反覆の信長のことだから、越前よりの帰りがけには、きっと此の
小谷城へも押し寄せて来るに違いない。そんな危険な信長を頼むよりも、此方から手を切....
「賤ヶ岳合戦」より 著者:菊池寛
飾り、最期の酒宴を開いて居た。勝家の妻はお市の方と云って、信長の妹である。始め、
小谷の城主浅井長政に嫁し、二男三女を挙げたが、後、織田対朝倉浅井の争いとなり、姉....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
用して山から伐り出した材木を流しているさかんな活動のさまがその街道から望まれる。
小谷狩にはややおそく、大川狩にはまだ早かった。河原には堰を造る日傭の群れの影もな....
「谷より峰へ峰より谷へ」より 著者:小島烏水
なければ、浅い水へは出て来ない、この魚は殊に、籔の下へ隠れるものだそうで、やはり
小谷よりも本谷に多くいる、漁れるのは旧の三月から十月頃までであるが、そのころはも....
「越後の闘牛」より 著者:佐藤垢石
憶を辿ってみると、あったあった。 強豪犬田小文吾が、毒婦舟虫を追って、古志国古
小谷へ旅したとき、たまたま二十村郷の闘牛見物に行き、肩丈四尺七、八寸の虫齋村の須....
「秋深き」より 著者:織田作之助
。 女中と入れかわって、番頭が宿帳をもって来た。書き終ってふと前の頁を見ると、
小谷治 二十九歳。妻糸子 三十四歳――という字がぼんやり眼にはいった。数字だけが....
「穂高岳槍ヶ岳縦走記」より 著者:鵜殿正雄
レ、カワヤナギ、落葉松、モミ、ツガ等の下を潜り、五、六丁行き、左に曲がると水なき
小谷、斑岩の大塊を踏み、フキ、ヨモギ、イタドリ、クマザサの茂れる中を押し分けて登....
「可愛い山」より 著者:石川欣一
から見ればよい。 この山、その名を雨飾山といい、標高一九六三米。信州の北境、北
小谷、中土の両村が越後の根知村に接するところに存在する。元より大して高い山ではな....
「国栖の名義」より 著者:喜田貞吉
周防地名)、『タカラベ』(財部)が『タカナベ』(高鍋)(日向地名)、『ヲダニ』(
小谷)が『ヲダリ』(信濃地名)、『オヲニ』(男鬼)が『オヲリ』(近江地名)など、....
「オシラ神に関する二三の臆説」より 著者:喜田貞吉
後世高鍋となっているのも同じ道理で、近江には「男鬼」と書いてオオリと読み、信濃に
小谷と書いて、オダリと読む地名がある。一方でオシラサマと呼ばれるものが、他方でオ....
「古事記」より 著者:太安万侶
ました。そこでお歌をお詠みなさいました。その御歌は、 茅草《ちぐさ》の低い原や
小谷を過ぎて 鈴のゆれて鳴る音がする。 置目がやつて來るのだな。 ここに置目....
「四つの都」より 著者:織田作之助
品 演出 川島雄三 人物―― 中瀬古庄造 庄平 寿子 矢野鶴三 葉子 新吉 健介
小谷初枝 辻節子 尾形清子 蜂谷十吉 夜店出しのおっさん 船山上等兵 江藤医学士....
「黒部川奥の山旅」より 著者:木暮理太郎
穹い底から白い眼で此方を睨み上げていた。祖父谷、祖母谷の上流は五指を開いたように
小谷が岐れて、悽愴な光を放つ赭色のガレが、酷たらしく山の肌に喰い込んでいる。硫黄....