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「岩本〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

岩本の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
鍵屋の辻」より 著者:直木三十五
外の玄忠寺にある。数馬は寛永十九年十二月二日に死んだ。鳥取寺町興禅寺に墓がある。岩本孫右衛門は七十三まで長命した。矢張寺町の光明寺にある。三人の子孫共現存してい....
明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」より 著者:西田幾多郎
脩君が首席であった。しかしそれでも後に独特の存在となられたのは、近年亡くなられた岩本禎君であったと思う。同君は上にいったように、その頃からギリシャ語を始められ、....
ジロリの女」より 著者:坂口安吾
ゝ言いだした。こんな文句をまともにきくと、とんでもないことになる。 この病院に岩本という婦人科の医者がいた。まだ三十だが、手術は名手で、患者の評判が甚だよろし....
学生と先哲」より 著者:倉田百三
に故郷のことが思われて、清澄を追われて十三年ぶりに故郷の母をかえりみた。父は彼の岩本入蔵中にみまかったのでその墓参をかねての帰省であった。 「日蓮此の法門の故に....
呉清源」より 著者:坂口安吾
かえって、負けとなった。こういう風聞が行われているのである。 だから、呉氏は、岩本本因坊の外出に断々乎として非理を説いて、ゆずらない。結局、呉氏の信頼する黒白....
大鵬のゆくえ」より 著者:国枝史郎
こっちへはいって来い」 「はい」と云うと襖が開き白髪の老人がはいって来た。用人の岩本三右衛門である。キチンと坐ると主人の顔をまぶしそうに見守ったが、 「賊がはい....
塩原多助一代記」より 著者:三遊亭円朝
る。此の紛れに丹治はおかめの手を取って須川へ出て、それより大戸村へ出て、それより岩本村へかゝり蛇平へ出る。これは上州|吾妻郡の四万の山口と申す所へ抜けてまいる間....
九段」より 著者:坂口安吾
けない結果になった。 私が「もみぢ」を知ったのは、足かけ四年前になる。呉清源と岩本本因坊の十番碁が読売新聞の主催で行われることになり、その第一回戦がこの旅館で....
明日は天気になれ」より 著者:坂口安吾
見物した中で、一ツだけ二度と見ることができそうもない珍勝負があった。 呉清源と岩本本因坊との十番碁の第一局であるが、当時、呉清源をめぐってモロモロの十番碁が行....
魔味洗心」より 著者:佐藤垢石
の薄くなったのに、びっくりした。昔の趣を失っていた。 大正十五年、利根郡川田村岩本地先に、関東水力電気会社の大堰堤が竣成する前までの、利根川の鮎は、姿といい、....
利根の尺鮎」より 著者:佐藤垢石
れた記憶がある。猫滝は凄い瀬だ。 さらに上流、鳥山新道から棚下、綾戸、中河原、岩本地先などの上流へ遠征する頃には私の友釣り技術もよほど上達していた。綾戸の簗の....
鱒の卵」より 著者:佐藤垢石
正十五年の春まで、下総国の銚子河口の海から遡ってきた。 大正十五年春に、上越線岩本駅地先へ関東水力電気の堰堤ができあがると、もうそれからは全く日本鱒の姿が、岩....
水と骨」より 著者:佐藤垢石
付近では、多摩川の支流秋川も、甲州南|都留の笹子川もそうだそうである。利根川では岩本から上流ならば、どこでも山女魚の釣れる所では、大抵はやが釣れるのである。もう....
釘抜藤吉捕物覚書」より 著者:林不忘
て口から出任《でまか》せに言った。 「この栄太さんの馴染みってのは、たしか仲の町岩本楼の梅の井|花魁《おいらん》だったけのう。」 「なんの、」と幇間は拳を打つよ....
水魔」より 著者:田中貢太郎
た。壮い男は耳なれた声を聞いて足を止めた。鳥打帽を冠た小柄な男が立っていた。 「岩本か、どこへ往く」 「どこと云うこともない、この辺を歩いていたところだ、君は」....