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後上
「後上〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
後上の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「星座」より 著者:有島武郎
る陣容を整えて展開した。それが罫紙《けいし》の上をあるいは右に、あるいは左に、前
後上下に働きはじめた。渡瀬は仕事たこのできた太い指の間にイーグル鉛筆を握って、数....
「火星探険」より 著者:海野十三
つ動いているのが分る筈だ。これこそテレビジョンの映写幕である。本艇外の様子が、前
後上下左右の六方面においてテレビジョン装置によって映写幕へうつしだされているわけ....
「ルバイヤート」より 著者:小川亮作
服される以前、三世紀から七世紀にかけてササン王朝時代に用いられていた言葉で、その
後上層階級には忘れ去られ、わずかに下層の国民大衆の間に語りつがれていた。 134....
「神州纐纈城」より 著者:国枝史郎
彼は五臓丸を仔細に渡って研究した。その結果彼の知ったことは、その丸薬の製法が、越
後上杉の軍用薬と非常に似ているということであった。 で、彼は思うところあって飄....
「右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
」 職人らしい者のふたり連れで、白いものといったその白いものは右門の着ていた越
後上布であることがすぐに受け取れたものでしたから、それをお化けとでも勘違いしての....
「右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
「ごめんだよ。夏場の酢だこは身の毒だとさ」 柳の葉かげをくぐって遠のいていく越
後上布のうしろ姿が、心憎い涼しさでした……。....
「鎖骨」より 著者:寺田寅彦
り鎖骨がみごとに折れている。しかしそのほうはたいした事ではない。それよりも右耳の
後上部の頭蓋骨をひどく打ったらしい形跡があって、そのほうがはなはだ大事だというの....
「上野」より 著者:永井荷風
震災の
後上野の公園も日に日に旧観を改めつつある。まず山王台東側の崖に繁っていた樹木の悉....
「法然行伝」より 著者:中里介山
の遊女は信心堅固である。定めてよき往生がとげられるに相違ない」といった。 その
後上人が許されて都へ帰る時に訪ねて見ると、この遊女は法然の教えを受けて後はこのあ....
「虞美人草」より 著者:夏目漱石
《こ》らして眼前に逼《せま》る夢の、明らかに過ぐるほどの光景を右から、左から、前
後上下から見る。夢を見るに心を奪われたる人は、老いたる親の髯《ひげ》を忘れる。小....
「闘牛」より 著者:野上豊一郎
後に牛を仕止めるのも大概バレラスの前である。 バレラスやコントラバレスの後は、
後上りの階段席になっていて、テンディドスとかグラダスとか呼ばれる。私たちの席は日....
「釘抜藤吉捕物覚書」より 著者:林不忘
て、二丁ほど川下で水も呑まずに棹にかかった。 が、一切の罪状は、それより先に越
後上布の清二郎が藤吉の吟味で泥を吐いていた。 三年前に徳撰の店へ寄った時、今度....
「釘抜藤吉捕物覚書」より 著者:林不忘
」 「そうかの。」 円枝が引っ込むと、一渡り鳴物がざわめいて、評判の五人力、越
後上りの大石武右衛門というのが、現れた。 葬式彦は、自分が紙屑のような、貧弱な....
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
越後国の高梨刑部大輔政盛が『古今集』を書いてもらって、五百疋の礼をしたことや、越
後上杉家の雑掌神余隼人が、実隆と別懇になったのも、直接あるいは間接に宗祇の越後通....
「助五郎余罪」より 著者:牧逸馬
それどころか、却って内心ほっとしているらしかった。別れの座なりを二つ三つ交わした
後上り口まで行った助五郎は、ずかずかと引っ返して来て、何を思ったものか矢庭にお神....