» 打絶え

「打絶え〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

打絶えの前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
草迷宮」より 著者:泉鏡花
い声で、口々に、小児同士、顔さえ見れば唄い連れるでござりますが、近頃は久しい間、打絶えて聞いたこともござりませぬ――この唄を爺どのがその晩聞かしった、という話|....
第二菎蒻本」より 著者:泉鏡花
出したか。 ――勘定をかく、掛すずりに袖でかくして参らせ候、―― 二年ぶり、打絶えた女の音信を受取った。けれども俊吉は稼業は何でも、主あるものに、あえて返事....
松と藤芸妓の替紋」より 著者:三遊亭円朝
にくゝなり、何うも都合が悪いと見えて、茶屋小屋から口を掛ける事もなし、此の頃では打絶えて逢いませんので、美代吉も気を揉んで居る処へ身請の話になり、胸が痛く、 「....
みみずのたはこと」より 著者:徳冨健次郎
往復をしたり、回光録を贈ってもらったりしたきり、彼も田園の生活多忙になって久しく打絶えて居た。そこで此訃は突然であった。精神的に不朽な人は、肉体も例令其れが病体....
向嶋」より 著者:永井荷風
闇の中を街燈遠く吾妻橋まで花がくれに連《つら》なれるが見えたる。 一、日ごろは打絶えたる人の花に催されてなど打興じながら柴の戸を排《ひら》き入り来りたる。 ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
の後、神尾へは相変らず親しく出入りしているに拘らず、能登守の方は、ほとんど消息も打絶えて、滅多に思い出すことさえなかったのが、今日、このところで偶然、こんなにお....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
て、徐《おもむ》ろに下りて行くのは、紛《まぎ》れもない駅路への一筋路であります。打絶えてこういうことはなかった。曾《かつ》て甲府の城下にある時、また本所の弥勒寺....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
も激動したのは、従来あまり見ないことでした。 九十六 久しく打絶えていた、信濃の国の白骨の温泉へ行って見ると、そこの大浴槽の一つに、たった一....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
まる》と、岡崎藩の美少年|梶川与之助《かじかわよのすけ》のその後の物語が、久しく打絶えておりました。 その記憶をよみがえらせるために、読者諸君は大菩薩峠の「年....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
用聞のたぐいでもと、暫く、行きつ戻りつしてみたが、あいにく、人の出入りはほとんど打絶えた門、ほとんど開《あ》かずの門かと疑われるほどでしたが、「光仙林」とものし....
長谷川君と余」より 著者:夏目漱石
て知った。しかしその書体もけっして「其面影」流ではなかった。 それから、ずっと打絶えた。次に逢《あ》ったのは君が露西亜《ロシア》へ行く事がほぼ内定した時のこと....
彼岸過迄」より 著者:夏目漱石
取らずに過ぎた。もっともこういう不安な状態で日を送った時期にも、まるで田口の家と打絶えた訳ではなかったので、会《たま》には単に母の喜こぶ顔を見るだけの目的をもっ....
モルガンお雪」より 著者:長谷川時雨
昨年《おととし》京阪を吹きまくった大暴風雨《おおあらし》に、鴨川の出水をきいて、打絶えて久しい見舞いの手紙が来たが、たどたどしい仮名文字で、もはや字も忘れて思い....
細木香以」より 著者:森鴎外
はわたくしに書を寄せ、またわたくしを来訪してくれた。これは本初対面の客ではない。打絶えていただけの事である。 芥川氏のいわく。香以には姉があった。その婿が山王....