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「政治主〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

政治主の前後の文節・文章を表示しています。該当する12件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
近時政論考」より 著者:陸羯南
てはかの国権論派に比すればかえって保守主義に傾きたるもまた奇ならずや。この論派の政治主義は英国の進歩党と米国の共和党と調合をしたるもののごとし。彼社交上において....
全体主義への吟味」より 著者:宮本百合子
われて来ているのである。 青野季吉氏が、近頃『文学界』を中心としていわれている政治主義、文学主義の問題にふれて最近書かれている論文の内で、「民衆の真実」から出....
文学に関する感想」より 著者:宮本百合子
を示し、また敵の攻撃が集中されたこの重大な問題について筆者は貧弱にふれている。「政治主義」と「文化主義」という二つのものを認識の根柢においては対置させつつ、「文....
孫悟空の雲」より 著者:宮本百合子
躰をふるわすほど反撥している部分の、あらっぽい官僚主義的な考えかたや、まちがった政治主義の解釈そのままを借りて来て攻撃の武器としなければならないとは、何たる自己....
五〇年代の文学とそこにある問題」より 著者:宮本百合子
ロレタリア文化・文学運動は、その指導者であった蔵原惟人、小林多喜二、宮本顕治らの政治主義的偏向によって、文化活動から政治活動へ追いこまれ、創造力を枯渇させ云々と....
日本イデオロギー論」より 著者:戸坂潤
、文化的道徳的には反動的な規定を有つ場合も少くない(例えば文化運動に於ける公式的政治主義の如き)。特に例えば自由主義など、プロレタリア階級に関わる政治的見解とし....
現代唯物論講話」より 著者:戸坂潤
ででもインテリゲンチャは決して単に消極的に彷徨していたわけではない。なる程かつて政治主義的偏向のおかげもあって自分の専門的技能の役割についての社会的意義を自覚し....
年譜」より 著者:宮本百合子
うとして蔵原惟人、小林多喜二、宮本顕治などの文化、文学運動の指導上の欠点として「政治主義」が批判され、山田清三郎、林房雄その他の人々がプロレタリア作家同盟を壊滅....
政治の論理と人間の論理」より 著者:三木清
ろにおいて、過去および現在にわたって、見られることである。オプティミスティックな政治主義が考えるように、簡単にこの悲劇がなくなるとは想像され得ず、かえって悲劇は....
昭和四年の文壇の概観」より 著者:平林初之輔
(実際数から言えば一対一〇位のスコアでまけた)、事実において、左翼批評界における政治主義が、だんだん緩和されてきたという消極的な結果をもたらしたことだけは争われ....
クリティシズムと認識論との関係」より 著者:戸坂潤
界観を文学の形に「翻訳」したような作品は困る、とも云われている。広義の傾向文学や政治主義的作品や宣伝芸術がそういうものだろう。勿論之は言葉通りの翻訳ではないが、....
社大党はファッショ化したか?」より 著者:戸坂潤
は巻かれろ主義なのだから、そういう原則の下に結合したものは、何等の自主的民主的な政治主体にもなれない筈だ。 民衆の既成常識や卑俗常識に媚びることによって、ひそ....