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楼門
「楼門〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
楼門の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「霊界通信 小桜姫物語」より 著者:浅野和三郎
せぬが、私達は忽ちあの懐かしい鎌倉八幡宮の社前に着きました。巾の広い石段、丹塗の
楼門、群がる鳩の群、それからあの大きな瘤だらけの銀杏の老木……チラとこちらから覗....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
だけを見物して、半七はもう帰ろうとしたが、また思い直して次の一幕を見物した。次は
楼門の場である。 この場には和藤内の父母と、和藤内と錦祥女と、唐人と唐女が出る....
「明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
。 ○五月、中村福助は養父の名を継ぎて五代目中村芝翫と改名し、歌舞伎座の中幕に「
楼門」の石川五右衛門を勤む。 ○九月二十九日、二代目坂東秀調死す、五十四歳。女形....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
高さは四間ばかり、それに相応した大きさの石造りでありましてちょうど我が国における
楼門に似て居ります。その門を通り抜けて半里ばかり行くとツァーラン村に着きました。....
「周防石城山神籠石探検記」より 著者:喜田貞吉
と云えぬながらも、群小諸山の間に嶄然頭角を現わしている。南口より上り、石城神社の
楼門を見、妙見宮のほとりに至れば、そこには県会議員難波作之進君、当社社司石原堅磐....
「神州纐纈城」より 著者:国枝史郎
いて兵法を修めた。彼の有名な孫子の旗へ、|疾如火自涼と、おもむろに偈を唱えながら
楼門の上に佇んで焚死して節義を全うし英雄の名を擅にした。 いわゆる、戦国式臨済....
「高島異誌」より 著者:国枝史郎
、奇花芳草欝乎として開き、風景秀麗画図の如し。行く行く一座の高楼を見る。巍々たる
楼門、虹の如き長廊、噴泉玉池珍禽異獣、唱歌の声は天上より起こり、合唱の音は地上よ....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
れたという――」 「本当の事だとお母さんは言いますわ」 とすぐ向こうの朱塗りの
楼門の前にある「珠の巖」を見やった。 「ぴかぴかと海を照したらきれいだったでしょ....
「不尽の高根」より 著者:小島烏水
が、桜の老樹が立ち並び、蛍の青い光りが、すいすいとやみを縫って行く間を、朱塗りの
楼門に入れば、五間四方あるという向入母屋造の拝殿があり、その奥には浅間造なる建築....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
んばとか書いた紅い大きな提灯が下がって何んとなく一種の情趣があった。 仁王門は
楼門です。楼上には釈迦に十六羅漢があるはず。楼下の左右には金剛力士の像が立ってい....
「水郷異聞」より 著者:田中貢太郎
の泣き声がやがて聞えて来た。 (何と云うばかだ、身分を考えないのか)…… 彼は
楼門の下を歩いていた。白い浴衣を着た散歩の人がちらちらと眼に映った。 ……この....
「日和下駄」より 著者:永井荷風
《たっちゅう》の寺々|甍《いらか》を連ぬるその端れに当って遥に朱塗《しゅぬり》の
楼門を望むが如き光景である。私はかくの如き日本建築の遠景についてこれをば西洋で見....
「深川の散歩」より 著者:永井荷風
の墓があったので人に知られていた。その頃には電車通からも横町の突当りに立っていた
楼門が見えた。この寺の墓地と六間堀の裏河岸との間に、平家建《ひらやだて》の長屋が....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
、月のうち三度は三輪の神杉《かみすぎ》を拝みに行く。 三輪の大明神には、鳥居と
楼門と拝殿だけあって本社というものがない。古典学者に言わせると、万葉集には「神社....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
とめるべく米友は、前のような惨憺《さんたん》たる苦心に及びませんでした。南禅寺の
楼門でする五右衛門の手裏剣を柄杓《ひしゃく》で受けた久吉《ひさよし》気取りに、棒....