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源義
「源義〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
源義の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「鍵屋の辻」より 著者:直木三十五
一 張扇から叩きだすと、「伊賀の水月、三十六番斬り」荒木又右衛門|
源義村《みなもとのよしむら》――琢磨兵林《たくまひょうりん》による、秀国、本当は....
「川中島合戦」より 著者:菊池寛
戦国時代に於ける大小幾多の合戦中での精華と云ってもよいのである。 武田の家は、
源義家の弟|新羅三郎義光の後で、第十六代信虎の子が信玄である。幼名勝千代、天文五....
「神州纐纈城」より 著者:国枝史郎
えられていた。手沢の茶椀同じく茶釜。武田家系図。諸祈願文。紺地金泥の法華経と笈。
源義家神馬の※。新田義貞奉納鎧。諏訪法性の冑などは取り分け大切の宝物であった。 ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
あひとな》り、壁を隔てて互に物語をすれば、其詞相通じ問答自由なるゆゑなり。むかし
源義経卿、東へくだりたまひしとき、江田源蔵広成といひし人、御後をしたひ奥へ下らん....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
した。
一体にこの辺は、柳の大樹が多いのです。その謂《いわ》れを聞いてみると、
源義経が奥地深く下る時に、笈《おい》に差して来た柳をとって植えたとか、植えなかっ....
「鎮西八郎」より 著者:楠山正雄
から、自然おそばの武士たちの仲間も二派に分かれました。そして、後白河天皇の方へは
源義朝だの平清盛だの、源三位頼政だのという、そのころ一ばん名高い大将たちが残らず....
「風博士」より 著者:坂口安吾
諸君安んぜよ、余の研究は完成し、世界平和に偉大なる貢献を与えたのである。見給え、
源義経は成吉思汗となったのである。成吉思汗は欧州を侵略し、西班牙に至ってその消息....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
がら、池上は、左右の追手へ
「輦台の上での勝負は珍しい。今度は、貴殿のところへ、
源義経、八艘飛《はっそうと》び」
と、微笑して、手摺へ、足をかけた。兵頭の輦台....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
ていたであろう。やがて一つの大作を初めました。それは衣川の役を主題としたもので、
源義家と安倍貞任とが戦中に立て引きをする処、……例の、衣の楯はほころびにけりとい....
「武士を夷ということの考」より 著者:喜田貞吉
して、みずから秀郷朝臣以来九代嫡家相承と称する弓馬の家なりしなり。奥州より出でて
源義経に従いし佐藤継信・忠信また秀衡の一族なり。同書文治二年九月二十二日条に、「....
「妖怪学」より 著者:井上円了
黄 一休和尚 三碧 役行者 八白 平清盛 八白 源頼朝 六白
源義経 四緑 弁慶 三碧 足利尊氏 二黒 平信長 七赤 秀....
「迷信解」より 著者:井上円了
て、その怪談が大いに流行したものと見ゆ。そのうちにて世間によく知られている話は、
源義経が幼少のころ、鞍馬山に入りて僧正坊と申す天狗に遇い、剣術を授かりたりといえ....
「屍体と民俗」より 著者:中山太郎
ているのである。京都府北桑田郡|周山《しゅうざん》村の八幡宮の縁起に、康平年中に
源義家が反臣安倍貞任を誅し、屍体を卜部《ウラベ》の勘文《かんもん》により四つに斬....
「本朝変態葬礼史」より 著者:中山太郎
、各地に在る所からも推知される。さらに京都府北桑田郡神吉村の八幡社は、康平の昔に
源義家が安倍貞任を誅し、その屍骸を埋めるに神占を行い、四ツに截って四ヶ所に葬った....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
頭から殆ど姿を消してしまった本書を再び人寰の裡へ呼びかえしてくれられた知友|角川
源義さんの御厚意に、心からの御礼を申しあげたい。 昭和二十二年九月一日 風巻景次....