»
生き
「生き〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
生きの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「英雄の器」より 著者:芥川竜之介
原《ちゅうげん》の鹿を争った後でなら、仕方がないですよ。が、そうじゃない。立派に
生きられる所を、死んでいるです。私が項羽を英雄の器でないとするのは、勘定に暗かっ....
「開化の良人」より 著者:芥川竜之介
。実を云うとさっきこの陳列室へはいった時から、もう私はあの時代の人間がみんなまた
生き返って、我々の眼にこそ見えないが、そこにもここにも歩いている。――そうしてそ....
「河童」より 著者:芥川竜之介
m という意味に当たるでしょう。quemoo の原形 quemal の訳は単に「
生きる」というよりも「飯を食ったり、酒を飲んだり、交合《こうごう》を行なったり」....
「或敵打の話」より 著者:芥川竜之介
の枕元に薬を煮《に》る煙を嗅《か》ぎながら、多年の本望を遂げるまでは、どうかして
生きていたいと念じていた。
秋は益《ますます》深くなった。喜三郎は蘭袋の家へ薬....
「おぎん」より 著者:芥川竜之介
の御側《おそば》へお出でなすって下さいまし。その代りおん教を捨てた上は、わたしも
生きては居られません。………」
おぎんは切れ切れにそう云ってから、後《あと》は....
「女」より 著者:芥川竜之介
のであった。――あの蜂を噛み殺した、ほとんど「悪」それ自身のような、真夏の自然に
生きている女は。
(大正九年四月)....
「大川の水」より 著者:芥川竜之介
に、とかしてくれる。大川の水があって、はじめて自分はふたたび、純なる本来の感情に
生きることができるのである。
自分は幾度となく、青い水に臨んだアカシアが、初夏....
「お律と子等と」より 著者:芥川竜之介
。
「お母さんはどうした?」
洋一は兄を見上ながら、体中《からだじゅう》の血が
生き生きと、急に両頬へ上るのを感じた。
「この二三日悪くってね。――十二指腸の潰....
「馬の脚」より 著者:芥川竜之介
死にかたである。しかし世間は幸いにも死にかたには余り批評をしない。批評をするのは
生きかただけである。半三郎もそのために格別非難を招かずにすんだ。いや、非難どころ....
「墓」より 著者:秋田滋
のでありましょう。 ところで、わたくしが愛していた女は、二十年のあいだこの世に
生きていたのであります。ただそれだけでした。そして彼女は永久に消え去ってしまった....
「ある自殺者の手記」より 著者:秋田滋
国にあって感じる孤独が恐怖の念をいだかせた。私には自分がこの地上にたッたひとりで
生きている余りにも小ッぽけな存在だという気がした。で、私は怱々とまた帰途につくの....
「初雪」より 著者:秋田滋
心を抱いて、再びこの地を訪れるであろう。しかるに自分はどうか。名ばかりながら今は
生きながえらえている哀れなこの五体は、柏の柩の底に、経帳子にしようと自分が選んで....
「ファラデーの伝」より 著者:愛知敬一
る。この本の終りの所にファラデーをゲーテに比し、自分を暗にシ※レルがゲーテよりも
生き長らえたという風な記事がある。しかしチンダルは学者としてはファラデーとは全く....
「スリーピー・ホローの伝説」より 著者:アーヴィングワシントン
みればまったくありがた迷惑なことだが、彼は折檻をしたあとでは、かならず「おまえは
生きているかぎりはこのことを思い出して、ありがたく思うだろう」と言ったものだ。 ....
「狂人日記」より 著者:秋田滋
んでいる。殺すということは、なぜ、人の心を酔わせるのだろう。 六月二十五日――
生きものが、彼方にいて、
生き、歩き、走っていると考えてみる。……
生きもの?
生き....