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「米倉〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

米倉の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
武蔵野」より 著者:国木田独歩
れてしまう。林のかなたでは高く羽ばたきをして雄鶏《おんどり》が時をつくる、それが米倉の壁や杉の森や林や藪に籠《こも》って、ほがらかに聞こえる。堤の上にも家鶏《に....
政談月の鏡」より 著者:三遊亭円朝
出でなさい」 と漸くに船を急がせ石切《いしきり》河岸へ船を附けて、浅草福井町の米倉屋孫右衞門《よねくらやまごえもん》と申して奉公人の二三人も使って居ります可な....
新生」より 著者:島崎藤村
の間を掘井戸について石段を下りて行ったところにあった。前には古い池があり、一方は米倉に続き、後には岸本の家に附いた竹藪《たけやぶ》が茂っていた。そこで父は最後の....
親子」より 著者:有島武郎
時には父は遠島になっていて母ばかりの暮らしだったので、十二の時にもう元服して、お米倉の米合を書いて母と子二人が食いつないだもんだった。それに俺しには道楽という道....
島原の乱」より 著者:菊池寛
士達も徒らに奔命に疲れるばかりでなく、諸処に討死をする。一揆の方では三会村の藩の米倉を奪取しようとさえした。 隣国の熊本藩、佐賀藩では急を聞いて援軍各々数千を....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
あった。 土蔵の横手について石段を降りて行ったところには、深い掘り井戸を前に、米倉、木小屋なぞが並んでいる。そこは下男の佐吉の世界だ。佐吉も案内顔に、伏見屋寄....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
衛門が隠居所と土蔵の間を通りぬけ、掘り井戸について石段を降りたところだ。木小屋、米倉なぞの前から、裏の木戸をくぐると、本陣の竹藪に添うて街道と並行した村の裏道が....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
のような、古い陣屋風の意匠がそこに残っている。 三棟ある建物のうち、その二棟は米倉として使用し来たったところであり、それに連なる一棟が木小屋である。小屋とは言....
」より 著者:島崎藤村
手にくくし上げた。それから忠寛は木小屋に仮に造った座敷|牢へ運ばれた。そこは裏の米倉の隣りで、大きな竹藪を後にして、前手には池があった。日頃一村の父のように思わ....
ある女の生涯」より 著者:島崎藤村
時の間にか父の前に自分を持って行った。 青い深い竹藪がある。竹藪を背にして古い米倉がある。木小屋がある。その木小屋の一部に造りつけた座敷牢の格子がある。そこが....
次郎物語」より 著者:下村湖人
らないので、捜索は次第に大袈裟になっていった。いつも子供たちが隠れん坊をして遊ぶ米倉や、櫨の実倉は無論のこと、納屋や、便所や、床の下まで、総がかりで検べた。隣近....
女難」より 著者:国木田独歩
が、それでも私の目には大変金持のように見えたのでございます。太い大黒柱や、薄暗い米倉や、葛の這い上った練塀や、深い井戸が私には皆なありがたかったので、下男下女が....
前記天満焼」より 著者:国枝史郎
十間、六万六千六百余坪、南北西の三方へ、渠を作って河水を入れ、運漕に便しているお米倉、どれほどの米穀が入っていることか! いずれは素晴らしいものだろう。それを開....
あたまでっかち」より 著者:下村千秋
かし、旧家というのは名ばかりで、いまでは、屋敷まわりの大きな杉林はきりはらわれ、米倉はとりこわされ、馬もいないうまやと、屋根に草がぼうぼうにはえた納屋があるきり....
戦争史大観」より 著者:石原莞爾
当時の柴大人の仁政として今も古老の感謝しているところは、大人が警務長官となるや各米倉を開いてその蓄米を廉売し、いわゆる“糧荒”の虞なからしめた事であるそうである....