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「芳賀〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

芳賀の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
間人考」より 著者:喜田貞吉
、丈部三家を録し、和名抄には、伊勢朝明郡、安房長狭郡、美濃不破郡、下野河内郡、同芳賀郡、陸奥磐井郡(?)等に杖部郷または丈部郷があり、その族人の古史古文書に見え....
水と骨」より 著者:佐藤垢石
のであるが、流れは温かのままである。 那珂川もそうである。栃木県の塩谷、那須、芳賀の三郡に拓けた耕地から、広く浅く陽を受けた温かい水が絶えず注いでいては、他の....
学校教育における図書館の利用」より 著者:佐野友三郎
包括せざることなり。現在刊行の辞書につきて強て理想に近きものを求むれば、わずかに芳賀博士の「新式辞典」あるのみ。ただ同辞典は小学児童に使用せしむるには稍々複雑の....
夏目漱石先生の追憶」より 著者:寺田寅彦
ので横浜へ見送りに行った。船はロイド社のプロイセン号であった。船の出るとき同行の芳賀さんと藤代さんは帽子を振って見送りの人々に景気のいい挨拶を送っているのに、先....
博士問題の成行」より 著者:夏目漱石
た。ところが四月十一日に至って、余は図《はか》らずも上田万年《うえだかずとし》、芳賀矢一《はがやいち》二博士から好意的の訪問を受けた。二博士が余の意見を当局に伝....
満韓ところどころ」より 著者:夏目漱石
》まって、いつでも雑然と陳列《ちんれつ》されていた。余のごときは、入学の当時こそ芳賀矢一《はがやいち》の隣に坐っていたが、試験のあるたんびに下落して、しまいには....
落第」より 著者:夏目漱石
きで少しも勉強なんかしなかった。水野錬太郎、今美術学校の校長をして居る正木直彦、芳賀矢一なども同じ級《クラス》だったが、是等《これら》は皆な勉強家で、自《おのず....
私の経過した学生時代」より 著者:夏目漱石
で遊び暮していた。従って学校の成績は次第に悪くなるばかりで、予科入学当時は、今の芳賀《はが》矢一氏などと同じ位のところで、可成《かなり》一所《いっしょ》にいた者....
丹下左膳」より 著者:林不忘
しょうどう》。日光山の開祖でござって、姓は若田氏《わかたうじ》、同国《どうこく》芳賀郡《はがごおり》のお生れですナ。今を去る千百余年、延暦《えんりゃく》三年|二....
十二支考」より 著者:南方熊楠
落ちたとありて、弁財天と堅※地神《けんろうじしん》の縁起譚だがその出処が解らぬ。芳賀博士の攷証本にも聢《しか》と出ておらぬ、多分インドで出来たのでなく江乙の語に....
十二支考」より 著者:南方熊楠
の鍋あり、入りたる物取るといえども尽きず、またその入る物食う人病なしと見えるが、芳賀博士の参攷本に類話も出処も見えず、予も『西域記』その他にかかる伝あるを知らぬ....
十二支考」より 著者:南方熊楠
なったから、皆人『法花経』の勝《すぐ》れるを知って法蓮に帰依《きえ》したと記す。芳賀博士の『攷証今昔物語』に、この譚を『日本法華験記』と『元亨釈書《げんこうしゃ....
日記」より 著者:宮本百合子
。参会者も、知識階級のどういう程度を加えて居るかと、淋しい気のする程度、読経後、芳賀矢一氏が、声涙ともに下ると云う有様で、貧しさのうちに、献身的一生を送った故人....
日本の伝説」より 著者:柳田国男
栃木県 河内郡上三川町………………………………………………………………片目の姫芳賀郡山前村南高岡…………………………………………………………片目の皇子 那須郡....
私本太平記」より 著者:吉川英治
のまに、討って討って撃ち破った。 奥武蔵の高麗一族をしてその背後を驚かせ、また芳賀貞綱の勢を川越から。武田、薬師寺の軍を狭山から。およそ三面から総がかりで寸断....