» 袂を分か

「袂を分か〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

袂を分かの前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
った。二人は仲睦まじく諸国を巡礼し、つつがなく故郷へ帰ることになって、白河の関で袂を分かった。関には昔ながらの秋風が吹いていたであろう。 その時に、象潟の商人....
縮図」より 著者:徳田秋声
がて待合を出て女橋を渡り、人目をさけて離れたり絡んだり、水天宮の裏通りまで来て、袂を分かったのだったが、例の癲癇もちの稲次の穴埋めに、オーロラの見えるという豊原....
青年」より 著者:森鴎外
いずれその内」 「左様なら」 瀬戸は団子坂の方へ、純一は根津権現の方へ、ここで袂を分かった。 二階の八畳である。東に向いている、西洋風の硝子窓二つから、形紙....
わが寄席青春録」より 著者:正岡容
、酔余、槍の切尖を振り廻したのでついに杉並署へ連行され、昭和九年一月警察署の表で袂を分かったまま、翌夏、一度市川の映画館で武蔵、伯猿、それに故伯龍の珍しい顔触れ....
西航日録」より 著者:井上円了
、到底夢想し得ざるところなり。 河口氏とは二十七日朝、モゴルシュライ停車場にて袂を分かち、氏はデリーに向かいて乗車す。今回ヒマラヤ見物の好都合に運びたるは、全....
私本太平記」より 著者:吉川英治
、語気も荒々、言い合った。 しかし、正季には、起ちきれなかった。 ここで兄と袂を分かてば、みすみす兄とも血を見るようなことにならぬかぎりもない。――その悶々....
俗法師考」より 著者:喜田貞吉
はあったらしい。否、夙・エタの徒の中にも、かつては彼らと同じ流れから出て、中ごろ袂を分かったものもあったであろう。これらのことは便宜上別に、「大和における唱門師....