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「間十〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

間十の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
海の使者」より 著者:泉鏡花
汐が入ると、さて、さすがに濡れずには越せないから、此処にも一つ、――以前の橋とは間十|間とは隔たらぬに、また橋を渡してある。これはまた、纔かに板を持って来て、投....
欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
台、経台あり、そのほか別に説教座あり。 ルター宗の日曜礼拝の時間は、およそ一時間十五分ないし三十分なり。そのうち三十分ないし四十五分は説教なり。ベルリンの寺院....
西航日録」より 著者:井上円了
、はるかに後方の雲波中に埋没して、見ることを得ざるは遺憾千万なり。英国郵船は一時間十六マイルを走り、日本郵船は十三マイルを走る。後者が競走して敗をとるはもちろん....
南半球五万哩」より 著者:井上円了
家も山も遠くふかみどりの空の中にあるのだ。) 九日、晴れ。これまで汽船速力一時間十マイル以下の割合なりしが、今日は十一マイル余を走れり。潮流に順逆あるによる。....
科学時潮」より 著者:海野十三
から随ってポールやパンタグラフは無い。皆レールのところから電気を取っている。一時間十五|哩の速力であるから上野、浅草間は五分位で連絡が出来る。 地下鉄道の出来....
空襲葬送曲」より 著者:海野十三
はもちろんのこと、お天気のよい日には肉眼ででも、房総半島がハッキリ見えた。「五分間十銭」の木札をぶらさげた貸し望遠鏡には、いつもなら東京見物の衆が、おかしな腰付....
沈没男」より 著者:海野十三
り、あの艦には乗れないのである。余は、無理やりに退艦させられしまった。しかも一時間十五分というものを、夜の北海の、あの冷い潮に浸っていたのであるから、まことに御....
死剣と生縄」より 著者:江見水蔭
帯に後差しにして、新利根の堀割へと飛込んだ。 五間六間は何んでもなかったが、十間十四五間と進むに連れて、思ったよりも藻の繁りは多かった。手に搦み、足に搦み、そ....
獄中記」より 著者:大杉栄
だけならまだしも下手をやると赤むけになる。埃が出る。かなり骨が折れる。それを昼の間十時間くらいやって、その上にまた夜業を二、三時間やらされる。初めの一日でうんざ....
本州横断 癇癪徒歩旅行」より 著者:押川春浪
どをやっている。元気驚くべし! 一着は水中の津川五郎子で、一|哩《まいる》の時間十五分十二秒、二着は髯将軍、三着は羅漢将軍、四着は走れそうもない木川子が泳ぐよ....
世相」より 著者:織田作之助
恰好だけ小意気にさし、高下駄を履いて来るだけの身だしなみをするという。花代は一時間十銭で、特別の祝儀を五銭か十銭はずむルンペンもあり、そんな時彼女はその男を相手....
チベット旅行記」より 著者:河口慧海
い寝方をして寝みました。 その翌日雨を冐してカリンポンに着きました。その間十五|哩、この都会はダージリンの東、一つの大なる豁を距てあります。ダージリンよ....
真田幸村」より 著者:菊池寛
来る。 ここで、野村という所の地形を言っておくと、前後が岡になっていて、その中間十町ばかりが低地であり、左右|田疇に連っている。 幸村の兵が、今しも、この岡....
賤民概説」より 著者:喜田貞吉
師という語は、相手を軽侮するような場合に用いられることとなった。今も大和吉野の山間十津川郷では、人を罵るに、「何だこの法師が」などというそうである。かく法師とい....
弓道中祖伝」より 著者:国枝史郎
。鬱々と繁っている庭木の奥に、いかめしい書院造りの館が立っていた。桁行二十間、梁間十五間、切妻造り、柿葺の、格に嵌まった堂々たる館で、まさしく貴族の住居であるべ....